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ラ・フロール 花のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

ラ・フロール 花(2018年製作の映画)
2.5
[引きちぎられた12時間30分の花びら] 50点

840分に及ぶ大河のような本作品は、髭面のマリアーノ・シニャスがその特異な構造について解説するシーンで幕を開ける。まず本作品は、始まりを持ち途中で終わる四つの物語、始まりと終わりを持つ一つの物語、途中から始まり映画を終わらせる一つの物語、合計六つの物語で構成されている。最初の四つは花弁のように自由に伸び、五つ目はそれらをまとめる"がく弁"の役割を果たし、六つ目は茎として全てを成立させる役割を持っている。そして、それぞれがジャンル映画としての側面を持つ。一つ目はアメリカ人が目を瞑って作ったようなB級映画、二つ目はミステリー仕立てのミュージカル、三つ目はスパイ映画、四つ目は映画の迷宮についての映画、五つ目はジャン・ルノワール『ピクニック』に着想を得ており(というかサイレントにしたリメイクだが)、六つ目は19世紀を舞台にした歴史劇である。

また、この映画はラウラ、エリサ、バレリア、ピラーという四人の女優についての映画であり、彼女たちのための映画でもある。四人はそれぞれの作品で異なる役を演じることで、全てを一つにまとめる役割を果たす。彼女たちは Piel de Lava と呼ばれる四人組の劇団のメンバーであり、中でもラウラはマティアス・ピニェイロ作品に出演するなど四人の中では比較的知名度もある。ちなみに、ピニェイロのミューズであるアグスティナ・ムニョスも第三部で投げナイフの達人バルバラとして登場している。

★第一部 我が怒れる姉妹は戦闘準備を命ずる(ルネ・シャール)

田舎にある考古学研究所で働く四人の女性考古学者と届けられたミイラの呪いについての物語。80分。役名はそれぞれ順にルチア、マルセラ、ジャニナ、ダニエラ。最初の話だけあって四人の判別に時間を割いていると言っても過言ではないが、15時間あるのでその余裕が違う。四人目のダニエラなんか1時間以上経って漸く登場するのだ。冒頭の8分近い長回しの中で、連休直前の慌ただしい研究所を憂鬱そうな顔をしてまとめるマルセラがまず登場し、早退する同僚の穴埋めや洗浄液の使いすぎなど日常的な問題に対処する。出張中の上司が謎の荷物を許可証無しで送りつけてきてからは同僚のルチアが中心となって長回しを引き継ぎ、華麗な反復を魅せる。騒々しい8分間もの長回しの後、スパッとカットが切り替わり、上司が送りつけてきたミイラが静かに現れる。華麗なる静と動の対比。なぜかちょっとピンボケしているミイラの静かなショットが逆に薄気味悪さを助長する。

物語は夜中にミイラの掃除を頼まれたジャニナが、その呪いに掛かってしまって凶暴化してしまう話を中心に展開する。ミイラの目隠しを取ると粘土細工の目玉がこぼれ落ち、目の部分が光り輝くとネコの目のショットに重なるなど、目にクローズアップした挿話になっていて、一応ハンディカメラが顔のクローズアップしか使わなかった理由には繋がってくる。全体をピンぼけにする理由はよく分からない。

休日返上で働かせるパワハラ上司への怒りや権力を振りかざして関係を迫る変態刑事など、迷惑な男たちの挿話がミイラの呪いという超自然的現象に社会的かつ現代的な視点を与えて地に足をつかせる役目を負っている。犠牲者を出しても尚ぶーたれる上司にマルセラが息継ぎする時間もないくらいの速さでブチギレるシーンや、変態刑事が文字通りボコボコにされるシーンは圧巻。

ミイラの対処にやってきたダニエラは心配そうに見つめるルチアに対して"もっと悪くなってたかも、彼女は三人の女王のうちの一人だ"と言うシーンで終わる。15時間の幕開けとしてはこれ以上ない幕切れ。

★第二部 気を付けろ、世界が背後に迫ってる(ヴェルエット・アンダーグラウンド)

歌手の元カップルが歌の再録をする裏で奇妙な組織が動き始める話。135分。役名はそれぞれ順にフラビア、イサベラ、アンドレア、ビクトリア。男女デュオとして成功したリッキーとビクトリア。今では別れているものの互いに中々の未練があるようで、デュオ曲の再録を別々にレコーディングするが全く上手く進まない。ビクトリアは付き人のフラビアに、リッキーは現恋人(?)のアンドレアに、デュオ誕生秘話に隠された裏話を語り、各々の心情を整理していく。回想パートは語り直しによって幾重にも重ねられ、モノクロで撮られた非現実感も相まって、それが美化されているのか、或いは逆に美化された誕生秘話から引き剥がすように闇に染められたのか判別しにくいようになっている。第一部よりも動きのない長回しを多用し、後の話の展開から特に必要もない部分だったことは明白なので、接合の無理矢理感に少々呆れる。

というのも、フラビアは"グループ"と呼ばれる怪しい集団所属だったようで、再録のプロデューサーであるフランクに脅されたり、以前の知り合いマルコスに付けられたりしているのだ。遂には、マルコスの新しい上司であるイサベラと対面し、フラビアが手に入れたセンチュリオンという伝説的なサソリの毒を使った"若返り"を目的とする実験に突き合わされることになるのだが、構造上終わりがないのに135分も引き伸ばす意味は理解できなかった。

四人全員が協力していた第一部に比べて、フラビアとイサベル、ビクトリアとアンドレアという対立やそれぞれのバックグラウンドなどは作り込まれているからこそ、現実的な再録パートと荒唐無稽な"サソリ"パートの接合をもっと上手くやってくれたら、と無念でならない。

ただ、登場する歌はめちゃくちゃ良い。ビクトリアとリッキーの再録曲、リッキーとアンドレアの新曲、アンドレアの過去曲が流れるが、どれも素晴らしい。"ミュージカル"と銘打たれた第二部の最終盤で、ビクトリアとリッキーが共同収録に臨み、鬼の形相で歌詞の通りの喧嘩を繰り広げる姿は圧巻。こっちに軸足を置いて60分なら傑作だったかもしれない。

★第三部 宇宙は夜の中にある(ネルヴァル)

誘拐されたロケット工学者ドレフュス教授を回収した四人の女スパイと、彼女たちを殺そうとする別の四人組女スパイの戦いの話。340分。役名はそれぞれ順に301、エージェント50、ラニーニャ、テレサ。80年代の南米の森林で、追手から逃げる女スパイたちと人質は、自らが命を狙われていることに気付き、裏切ったメンバーと襲撃犯を殺害する。彼女たちは一枚岩ではなく、業界の危険人物の詰め合わせという感じで、雇い主カスターマンに一番近く仕切りたがりのエージェント50が一応のリーダーを務めている。そして、彼女たちを殺そうとしたのはその雇い主カスターマンであり、彼の下で"マザー"という元締め率いる四人組の女スパイが暗躍していたのだった。

340分という長尺の多くは、二つのグループの戦いではなく、四人の女スパイが如何にして南米の森林に辿り着いたかという回想に使われている。西ベルリン留学時代にスパイとしてスカウトされ、ロンドンでローゼンタールという老人の事務所に潜入することになるテレサ、伝説のゲリラの娘でありながら政府に逮捕されて古い同胞を殺すことになったラニーニャ、何年にも渡って何度も恋人役を演じる心のない男スパイに仄かな恋心を寄せる301、ソ連諜報部時代に機密漏洩事件に巻き込まれたエージェント50。まるで『サラゴサの写本』のように入れ子状になった物語が不均一な長さで並べられ、その殆どが男女二人のナレーションが交代する仕様になっている。そして、ハンディによるクローズアップが多用されていた前部や前々部に比べると、多くは近くてもバストショットまで、フィックス長回しを多用している今回のパートは、登場人物のミステリアスさも相まって、少し俯瞰して見ているような感覚に陥る。挿話の合間には、飛行場でマザーたちを迎え討つ準備をする四人や、回想の語り部であるカスターマンの現状などが挟まれ、挿話の時間と挿話間の経過時間が緩くリンクすることで、まるで6時間彼女たちと夜を明かしたかのような錯覚も覚える。

ただ、緊迫した静かな空気の流れる現在パートに比べて、所狭しとナレーションの並べられた回想パートは明らかに情報過剰でダサい。四人とドレフュス教授の間で言語を変えて会話するなどの工夫が、回想パートではナレーターがスペイン語に塗りつぶしているなど、徹底しきれてない部分も散見された。それでも、初めて四人が並んで一画面に現れるラストシーンは圧巻。四人が揃うシーンはここ以外のどのシーンも優れている。

★第四部

6年も映画撮影を続ける監督が女優たちそっちのけでピンク色の"イペー"という木とそれに咲く花を撮影しに行って失踪し、別の男がそれを調査する話。190分。役名はそれぞれ実名。製作に10年掛かった本作品の裏側を象徴するかのようなカオスなパートであり、四人の女優は実名で『蜘蛛』という作品を6年撮影しているという設定になっている。物語は大きく分けて3つのパートに分けられる。撮影が全く進まない中でも女優たちを無視してロケハンに向かおうとする監督と彼女たちの口論を描いたパート、旅先で女優以外の中核メンバーが六部構成の大作映画『蜘蛛』について展開を考えあぐねる姿を描いたパート、森の大木の上に車が置かれるという超常現象を調べる男が車の持ち主である監督の日記を読んでその足跡を辿るパートである。第三部までの9時間半で三回ほど行われてきた"始まりを持ち途中で終わる物語"を意識しすぎたのか、今まで以上に尻切れトンボ感と"鑑賞者を引きつける謎"を詰め込んだだけのパートに見えてくるが、これは12時間半同じようなことを繰り返してきたことへの疲れなのかもしれない。シニャスはそれに気付いてか劇中の監督に"観客はこれまで嫌になるほど同じようなシーンを見せられて、ファンタジックな要素は減ってる"と言わせている。同意。

女優たちの役割は実名で自身を演じているようで、魔女になったり、カサノヴァの妾になったりと役柄を演じているようでもあり、これまでのパートに比べると存在感は格段に薄い。全体の流れ、及び冒頭でシニャス本人が"四人の女優についての映画だ"とヒントを出していることを考えると、一見存在意義のなさそうな彼女たちの役割は他の部との対比で浮かび上がってくるのだろう。リアルとフィクションの瀬戸際に立つ奇妙な物語は、四人の女優たちが無言で橋の下や森の中、川沿いの土手に佇む姿を捉えたラストシーンに顕著だ。彼女たちは本人であり役者である。そこに境目はないのだ。

★第五部

ジャン・ルノワール『ピクニック』をモノクロサイレントで現代に完全再現した話。47分。四人の女優は一切登場しない。冒頭でシニャスが明かした通り、始まりを持って終わりを持つ唯一のパートなのだが、そりゃ『ピクニック』を完全再現したら始まりも終わりもあるでしょうと思ってしまう。ちなみに、小舟で男女が遊びに行くシーンは現代らしく(?)複葉機のアクロバット飛行の映像に置き換えられている。そんな感じの現代アレンジは妙に様になっていて、『めまい』を再構築した『The Green Fog』を初めて観たときの"あのシーンがこんなタッチで再現されるのか"という感覚を思い出した。シニャスとしては崇拝するジャン・ルノワールの作品の中でも一番の傑作としている『ピクニック』をシャドウイングすることで、その技術やスタイルを学び取ろうとしたらしい。

これまでの四つの部をまとめる"がく弁"の役割を担っていたかと言うと、正直微妙。私がそんなに『ピクニック』が好きじゃないってのもあるのかもしれないが、この47分に風呂敷を広げるだけ広げた12時間半を押し付けるのは不足が大きい気がする。

★第六部

ネイティヴ・アメリカンに誘拐され、そこから逃げ出した白人女性サラ・S・エヴァンズの日記を基に、四人の女性が荒野を彷徨う話。30分。"途中から始まり映画を終わらせる一つの物語"と言及されていた通り、いきなり荒野を彷徨っている彼女たちは、それほど仲が良いというわけでもなく、川を越えて人のいる場所を目指して歩き続ける。彼女たちのうち少なくとも二人は妊娠しており、四人の寡黙な旅の前後に何があったか/何が起こるかを暗示させている。カメラ・オブスキュラに投影された朧気なイメージに薄茶けた中間字幕という"ありそうでない"サイレント映画の手法で製作されており、景色だけは驚きだった。ただ、本当に"ただ終わらせるだけ"の内容にも思えてくるので、15時間も理論先行の茶番に付き合わされたのかと思うと頭が痛くなる。

840分の中で女優の役割、演技の役割も変化していく。第一部では四人の女優の会話、第二部ではそこに演者による回想が挿入され、第三部ではナレーターによる回想が挿入される。そして、第四部では女優、魔女など様々なラベルを貼られながら現実と虚構が入り混じり始め、第五部では完全に姿を消す。第六部は映画以前の原風景と捉えると、映画芸術を支えているのは物語であり景色であり、そして鑑賞者の想像力なのだと言えるのかもしれない。そこから辿っていくと、『ピクニック』は師匠の師匠みたいな立ち位置で、残りの四つはそこから技術を"盗み取って"発展した"ジャンル"として見ることも出来る。シニャスはジャンル映画について"映画製作者が自分たちの好きなことにたどり着くための方法だと思う"としており、ジャンル映画のクリシェを敢えて使うことで、それらを皮肉として突きつけているのかもしれない。また、部を経るごとにナレーションが増えていき、同時に声を出す演技が減っていき、遂には完全無音(第五部)とサイレント&中間字幕(第六部)になるのも、演技や表現手法についての段階的な変遷を見せつけているのだろう。

ただ全体的に、まるで学会発表かのような堅苦しさと理論先行の感がある。第四部で監督一行が"蜘蛛"という概念に縛られすぎていたように、本作品は"花"という概念に縛られ続けているのだ。特に前半の四部は魅力的な風呂敷を広げることだけを目的としていて、"花"という形に沿うように、シニャスの考える理論を映像として解説するだけに終始したようにしか見えてこない。それぞれの挿話が概念的な意味しか持っていないので、あらすじ読んでちょろっと中身を観て、監督の理論をあれこれ考えればいいだけなのではないか?

この長い映画を通して、ナレーションがぐちゃぐちゃ入る映画が非常に苦手だということが分かった。第一部の高揚感、第二部の歌、第三部の設定、第六部の映像に免じて評価を付けるが、正直これを観る必要はないと思う。"策士策に溺れる"とはこの映画のためにある言葉だ、と私は思った。
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