きゅうげん

マリグナント 狂暴な悪夢のきゅうげんのネタバレレビュー・内容・結末

マリグナント 狂暴な悪夢(2021年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

オカルト? 超科学? 心霊? サイコ? 
スラッシャー? ジャッロ? モンスター?
文字通りの正体不明な恐怖が、この映画自体をも唯一無二の存在にしています。「バケモノの正体見たり"食わず女房"!」と膝をうった人もいるのでは。

天を摩するような研究病棟が岸壁に屹立する冒頭に「ゴシック・ホラー?」と息をのみつつ、右も左も分からないまま驚天動地のゴア展開が繰り広げられ「もしかして、入るスクリーン間違えた?」と驚くばかり。
そんなワン監督作品の白眉は、なんといってもカメラワーク。
撮り方ひとつで「主人公と鑑賞者とが共有体験している恐怖」と「主人公も知覚していない鑑賞者のみが気付く恐怖」とを上手に同居させるのです。有無を言わさず視線を誘導するパンや、歪な空白で居心地の悪くなるフィクスなど、基本装備の武器も忘れていません。
ただ、このクールでスタイリッシュな撮影には難点があるのです。
ワン監督の必殺技は諸刃の剣で、本作ではその危険性が前景化しています。辟易したのは序盤のマディソン登場シーン。夜勤を早退して帰宅し寝室に入るまで、一体幾つのカットがあったのか。居間を見わたし上着を脱ぐときには、同じ構図で寄るだけのカットをわざわざ挿入するほど。彼女の動線が分かるというメリットはあれど、正直無駄じゃない?
他にも不必要に画角が斜めってたり、人物をドリーで舐めたり。やりたいことは分かるけど、クドい。「ジェームズ・ワン=ホラー界のマイケル・ベイ説」がにわかに浮上しました。

しかしガブリエル君の造形は最高ですね。
脳天パッカーンなご尊顔もタガメのような細い腕も、クリーチャーと人間との合いの子感が絶妙。電気をあやつるロジックとか双子の背面に寄生する合理性とかは問題じゃありません。性格もフレディ×チャッキーにジェイソンのマジメさを足した感じで愛くるしい。黒グローブに黒ハットの黒づくめは、ジャッロ映画の逸品『モデル連続殺人!』を彷彿とさせます。
主人公マディソンとまさに表裏一体という扱いずらさはありますが、ぜひ次なる活躍の場を観てみたい。
煽情的な音楽についても『13日の金曜日』や『エルム街の悪夢』など往年のスラッシャー・ホラーを彷彿とさせる、良い味がありますね。
また洗練されたワン印の演出がポップさとも紐づいているのも本作の魅力です。
マディソンの二面性が明らかになりオカルト分析官みたいな人を呼ぶ際に、妹シドニーが「ヤッパリそういう特別な捜査するんじゃん」ってニヤリと笑ってたしなめられる場面や、警察署での大殺戮の後、満身創痍のショウ刑事たちを介抱する鑑識官が「911間違えて警察にかけちゃった」とオロオロする場面など、張りつめた緊張の線を指ではじくようなオフビートさは憎めません。

……しかしながら、作品全体を包む"安っぽさ"が残念でした。
観光名所の地下道や度々登場する警察署内に屋根裏部屋など、セットとしての規模が妙に小さく連続ドラマか再現VTRのよう。ハリウッドど真ん中映画が最近続いていたので、ワン監督をみる定規の目盛りがインフレしちゃったのかもしれません。そうはいっても『ソウ』をつくった人ですし……。
惨事を目撃してるマディソンの棒立ち叫喚の様子がスパッと抜かれるたびに、その陳腐さに「えぇ……」と困惑する自分がいました。
あと、真っ赤なネオンの反射する印象的なビジュアル。すわ「『サスペリア』!」と飛びつきましたが、本編では大して目立った要素ではなく無念です(ないものねだりですが)。
さらに無視できないのが、お話としてのかなりなボンヤリ具合。恐怖の裏にあるサスペンスがあまり鋭敏ではない印象です。
主人公側と刑事側との連携はどっちつかず、実母監禁シークエンスも思い出したように挟まれ、救出後も意外と放ったまま。廃病院に行っても地下道に行っても難なく帰ってる。ガブリエル君の真相も後出しジャンケンまがいでサスペンスとしての面白みに欠けます。もうちょっとメリハリがあると嬉しいですね。

とにもかくにも、ワン監督ファンに観ない手はありません。
『インシディアス』や『死霊館』にも似た雰囲気を漂わせつつ、彩るアクションは『アクアマン』を思い出させるアクロバティックさ。センセーショナルなゴア表現には『ソウ』にも通じるものが。自宅の趣味は「『死霊館』っぽい!」とか、乗りつける車が「めっちゃ『ワイスピ』!」とかフォロワーへの目配せが随所でみられる、ファンにとっては彼のセンスてんこ盛り丼な映画だったのでは。
ガブリエル君が警察署で一通り暴れた後、机に登って辺りを見回すシーンや、マディソンが彼の精神支配へ立ち向かうべく拳を固めるカットには「おっ、かっこいい」と純粋に感心してしまいました。一番ビビったのは家に入れないシドニーの顔が窓からのぞいていた場面。驚くと同時に、「こういうノリの映画だから肩の力抜けよ」と諭されたようでした。

オープニング・クレジットでニュー・ライン・シネマのロゴが赤い映画にハズレはありません!