映画漬廃人伊波興一

勝手に逃げろ/人生の映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

勝手に逃げろ/人生(1980年製作の映画)
4.7


風を感じる瞬間がある。風を当たってる瞬間。自分が出ている映画を観てそう感じるのはゴダールの映画だけ by ナタリー・バイ

ジャン=リュック・ゴダール『勝手に逃げろ/人生』

(『軽蔑』そして『気狂いピエロ』の監督だから、とてもリスクは感じてました)と、ナタリー・バイは語ってます。
そう感じながらもナタリーは、ゴダール商業映画復帰作『勝手に逃げろ/人生』の出演を躊躇なく引き受ける。


(自分が何をすべきか分かっておりました。そもそも私たち俳優は撮影前にいろんなことを頭に詰め込んでおります。
私は撮影現場には、いつも共演のジャック・デゥトロンやイザベル・ユペールよりも早く着いて1番乗りだったんですよ。
それくらい撮影が待ちきれなくて、毎日うずうずしていたんです)

ところが肝心の撮影は一向に始まらず、10日余りがあっという間に過ぎていく。

(彼は、明日撮る、明日撮ると、そればっかりしか言いません。彼はホテルの私の部屋に来ても撮影の打ち合わせなんかせずに猫の話ばかりするんですよ)

かくして
(周到な演技プランを頭に詰め込み、うずうずしている)フランス演技派大女優と、
(打ち合わせと称して猫の話ばかりして一向に撮影を開始しない)世界的大監督とが組んだ、とても面白そうですが、当時者たちにとっては、これ以上にないくらい厄介そうなゴダール商業映画復帰第一作『勝手に逃げろ/人生』は幕を開けるのです。

ナタリー・バイ曰く、後の『ゴダールの探偵』の時も同じだったが、とにかくゴダールに質問するのは難しいそうです。

なぜ撮らないの?なぜ黙っているの?
そんな質問は彼をぎごちなくさせ、気まずい空気が誘発されるだけ。

それでもナタリー・バイは言い添えます。

(ゴダールには私たちのそんな一面を洗い流す才能があると思います。
私たち俳優が持つ、ちっぽけな業みたいなものですね。
とにかくつまらないこだわりなんて空っぽにしてしまうんです。)

では、ゴダールからの指示がざっくばらんなのか?と思いきや.実はゴダールほど指示の細かい監督もナタリーは知らないそうです。

とにかくよく(動かす)監督。

(よく動かされたけど演技指導みたいなものは一切ありませんでした。
自分たちに与えられた役柄を掘り下げたり。探求したり、そんなものは一切なく、構図に関する指示だけ)

例えば頭の位置にやたらこだわる。
左右、上下、どう動くか?
あるいは、その人物の位置について等。

俳優たちに、役を演じるけど演じさせないような感覚を求めてくる。
だから俳優は、ただ言われた場所に行き、指示通りに動く。そしてセリフを言う。
そうしてゴダールは欲しい画を得る。

いつもそんな具合だから、大掛かりな撮影に慣れていた彼女にとって、撮影、音響、監督、そして自分だけというたった4人だけの撮影ロケ。
あるいは空を見上げて光線の具合が気に入らないだけの理由で25キロも離れた場所に移動するなんて想像もしていなかったようでとても新鮮だったに違いありません。

ナタリー自身が一番驚いたのはデゥトロンが彼女を殴るシーン。
仕上がってみればスローモーションに変わって、完全な愛のシーンに変貌していた事。
ナタリーの話から遡って観れば私も驚きです。

(ゴダールの映画には確かに退屈な部分、理解できないものがあります。
でも風を感じる瞬間がある。風を当たってる瞬間。自分が出ている映画を観てそう感じるのはゴダールの映画だけ。)

最後にもうひとりのヒロイン、イザベル・ユペールの言葉を添えて『勝手逃げろ/人生』という高貴で、倒錯的で、純粋な愛の映画への賛辞を〆たいと思います。

(ゴダールの映画に出れば全ての俳優が素人同然になる)