Yoshishun

ファーザーのYoshishunのネタバレレビュー・内容・結末

ファーザー(2020年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

㊗️第93回アカデミー賞主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、脚色賞受賞


舞台演出家フロリアン・ゼレールによる戯曲を、本人が長編映画として映画化。認知症を患う老人アンソニーと介護する娘アンとの絆と葛藤を描いた衝撃作。アンソニーを演じた名優アンソニー・ホプキンスは『羊たちの沈黙』以来約30年ぶりに主演男優賞を獲得したことでも話題に。

親子の絆を描いた感動作という触れ込みだが、巷では『怖い』『いつか自分にも訪れると思うと……』『今年度最恐ホラー』という180°異なる評価が飛び交っている。観客を恐怖のドン底に落としている曰く付きの作品ということでクチコミが広まるなか、鑑賞してきた。

まず、ホラーというよりミステリー映画のような印象を受けた。序盤、いつものように自分のソファで音楽鑑賞するアンソニーのもとにアンが訪れる。介護人と揉め事を起こしたため、日に日に介護のためにアンは父の面倒を見ている。そんなアンは、近々パリの恋人の元に引越することになり、アンソニーを動揺させる。明朝、再び目覚めると何やらアンが帰って来たような音がする。ところが、そこにいるのは見知らぬ男性。彼はポールと名乗るアンの夫。しばらくしてアンが帰宅してくるも、アンソニーはアンの顔を一時的に忘れ、またポールに至っては影も形もなく姿を消す。

このように、直前までいたキャラクターが忽然と姿を消し、また全く知らないキャラクターが何の前触れもなく登場したりする。アンソニーやアンの発言もそれが現在の状況を説明したかと思えば、遠い過去のことであったり、アンソニー自身の虚言にもなる。何が真実で嘘なのか二転三転するストーリーは、まるでミステリーもしくはノーラン映画のような構成。

ここで、本作は一体何を描いた作品かを思い出すと、本作の不親切すぎる構成にも納得がいく。本作は、人間が長生きしていくなかで決して逃れることのできない老いをテーマにしている。家族との思い出や楽しかった記憶、それら全てが自身のなかで入り交じって全く異なる真実を生み出す。超高齢社会である日本でも馴染みのある認知症を患う老人の視点で、人々との交流や自身の葛藤、悲しき真実を描いた認知症疑似体験映画である。そのため、起承転結のない時間軸が交錯した構成となっている。

終始そんな不親切な構成で進むかと思いきや、終盤には全ての高齢者(特に要介護の)が辿る孤独、介護される側の葛藤にも焦点をあて、観客の心をこれでもかと掻き乱す。あんなに気品良く、また独りで何でもできると豪語していたのに、「ママに会いたい」と泣き崩れる。「すべての葉が枯れ落ちる」という台詞にも、大切な記憶や思い出もいつかは自身の中から忘れ去られていくことを暗喩しているのだろう。それでも、多くの葉の生い茂る木々が写し出されるラストシーンは本作で唯一確かな希望を感じさせる。

名優アンソニー・ホプキンスによる認知症を患う老人の自然すぎる演技は素晴らしい。自身の発言や行動を正当化し、介護に関する助言には聞く耳をもたない。しかし、忘れていた大切な記憶を思い出すことで自身の境遇を哀れみ、もがき苦しみ、泣き出してしまう。どのシーンをとっても、本物のそれにしかみえず、本作をより恐ろしく思わせる作品に仕立てあげる要因になっている。娘アンを演じたオリヴィア・コールマンの演技も必見。

アンソニーの首を締めるアンなど、自分でもまだ理解しきれていない演出もあり、何度も反芻していく価値のある作品であることは間違いない。4つのコラムが掲載されているというパンフレットが完売していたのが非常に残念であったが、観賞後にユーザーの感想や有識者の解説を漁りたくなる魅力溢れる一作。オススメ。
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