Kachi

宇宙でいちばんあかるい屋根のKachiのレビュー・感想・評価

3.8
誰しも原風景を持っている

舞台は2005年夏。清原果耶演ずるつばめが、一夏をかけて自分の中にあるわだかまりを一つずつ解きほぐしていくような、そんな作品。

早速ネタバレ有りで振り返ると、見るからに死者の側にいる星ばあ(桃井かおり)に語らせることで物語は前進する。死人に口無しだが、映画の世界では何でもあり。
なぜ書道教室のあるビルの屋上に出現するのか不明だが、映像を見る限りでは、あの街の屋根が隅々まで見渡せる小高い場所にあったからであろう。

藤井道人監督が伝えたいことは、概ねこの星ばあを通して語られる。ストーリーの中で紡ぎ出される言葉は、思春期のつばめに突き刺さるように演出されている。

印象的だったのは、産みの母(山川ひばり)と子(つばめ)が開講するひばりの展覧会のシーン。ひばりは、つばめのことを単に自分の水墨画展覧会に来た物好きな中学生くらいにしか認識していない一方、つばめは覚悟を持って母の今を確認しに来たあのシーンでのつばめの心の葛藤に胸が詰まる思いがした。清原果耶の渾身の演技であり、彼女を取り巻く状況を鑑みれば、これしかないという挙動であった。

つばめは、自分が恵まれているという感覚よりも、むしろ実母に捨てられ、まもなく産まれてくる赤子によって家族の中での自分の居場所が無くなることを恐れていたのであり、思春期の不安定さも相俟って、拠り所をすっかり無くしたと思っているのである。そしてこれはあくまで彼女の認知上での話であり、実際は両親の愛情は深く、書道教室の先生も屈託なく優しい。つばめは環境的にもとても恵まれているのだが、気がつくのに時間がかかっていた。

2020年。30歳となったつばめのものと思われる水墨画の展示会は、彼女が自分のわだかまりを乗り越えたあの夏に出会ったアイテムで溢れていた。その中でも、一際大きな紙を使って描かれていたのが、あの屋根での星ばあとの時間である。

誰しも原風景を持っている。
それを見つけて大切にしていけば、私たちはきっと大丈夫。

そんなエールを送るような温かい作品だった。
Kachi

Kachi