
勝又五郎は出所したばかりだというのにスリにあい無一文に。それを助けたのが荒尾組の福地だった。荒尾組は岩上一家と新宿を巡っての抗争の最中。福地は岩上を殺さねばならなかった。五郎は男同士の契り…
>>続きを読む明治末期。新刑法制定の頃、浅草荒政一家の親分・政五郎は引退を表明し、跡目を3人の幹部のいずれかに譲ることを決意する。政五郎は本家の跡目相続と同時に、3人を分家させ縄張りをわけ与えるが、ほか…
>>続きを読む明治中期の北九州若松。この一帯に縄張りを持つ睦会宗家浦田組々長・浦田常五郎が引退を表明。跡目を継ぐのは代貸の花井栄次と思われていたが、常五郎は大室一家組長・大室弥八を二代目に指名する。これ…
>>続きを読む時は大正時代。“壺振りの勝”こと貴島勝次と岩木五郎の2人組が鳴子組に世話になることに。イカサマ旅を続けていた彼らだったが、鳴子組の清滝勇吉がふたりのイカサマを見破った。だが勝次が生き別れの…
>>続きを読む浅草を縄張りとし、隣接する大場一家と敵対する関東秋葉一家。辺見は大場の片腕を切り落として大場組を解散へと追い込むが、後釜の黒田興業も秋葉組の縄張りを狙っていた。そんなある日、黒田組の者に弟…
>>続きを読む千葉銚子の博徒外川一家は、親分の死後解散、若親分を助けて運送業を開き順調に繁盛していたが、元幹部であった根占が、新たに根占運送業を起し、外川運送と事あるごとに衝突を繰り返していた。そんな銚…
>>続きを読む不動竜太郎は高崎にある前田一家の代貸。関東前田一家の総長に推されたことが発端となり一門の跡目争いが起きる。浜松で地元の貸元河合己之吉と知り合い懇意となる。その頃関西でも利権争いが起こり南善…
>>続きを読む昭和初期。蔵前一家の花田秀次郎は雷門一家に殴り込み、雷門一家の客分・風間重吉の左腕を斬り落として服役。出所後、雷門一家に付け狙われていた秀次郎は、偶然の出会いから林田一家の世話になるが、林…
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