ちろる

ホテルローヤルのちろるのレビュー・感想・評価

ホテルローヤル(2020年製作の映画)
3.6
ホテルローヤル
それは北海道の湿原を望む寂れたラブホテルラブホテル

ヌード写真を撮ろうとした貴史と美幸が、すでに廃墟と化していたこのホテルに不法侵入で訪れるところからはじまる。
貴史がシャッターを切る度に営業当時の映像や話し声、笑い声が見える。
といっても決してホラーではない笑
そのかすかな幻影から徐々に、営業当時の輪郭が見えてくる。

オーナーの一人娘雅代は、美大に落ち、大嫌いな家業を継ぐべく働き始める。
幼少期から「ラブホの娘」とからかわれ続けてきた雅代はホテルに嫌気を差していたのだ。

そこで働く人からも少々距離を置いている雅代。多感な思春期にラブホテルという異質な場所で生活し、母親にも逃げられ、どこか冷めたような雅代役が波瑠さんにはまっている。
淡々としている雅代にも高校生の頃から気になる人がいる。
それは皮肉にもアダルトグッズ販売の営業の男宮川だ。
そんな宮川の存在のおかげで苦痛な稼業をなんとかこなす日々。

そんなローヤルには色々なお客様が利用する。

子育てと介護から束の間の解放を求めた中年夫婦
雨宿りで入った宿なし女子高生と教師

それは日常をまともに生きている人々のちょっとした非日常の切り取り。

訳ありの利用客たちの秘密を盗み聞きしながら、自分の人生と重ね合わせていく従業員たち。
自慢の息子が逮捕され、より一層強固になる夫婦愛だったり、若い男に走ってあっさり消えた母にも父を深く愛した日々があり、商売に身の入らない父にもこのホテルに情熱をかけた日々があったこと。

人間にはその今の形だけでは決してわからない、その下には幾重にも重なるストーリーが、あって、その複雑さが"人間のおかしみ"でもある。
本当はシンプルに単純な自分でいたいのに、時間の経過や時代の変化がそうはさせなくて、一筋縄ではいかないのが人間。

ホテルは、そこに集まる人々の品性がさらけ出される場として用意され、グランドホテル方式のこの映画で雅代はいわば、狂言廻しのような存在でもある。
今作は、ホテルと共に人生を歩む雅代の視点から見た、悲喜こもごもの人間ドラマ。
切ない人間模様と人生の哀歓のあれこれを、リアルに静かに映し出す。

人の数ほどドラマはあり、誰にも輝く瞬間は訪れるが、同時に、辛く、苦しく、どん底に陥る時がある。勝っても負けてもどちらでも構わないそんな全てを包み込み佇むのがホテル「ローヤル」の存在だったのだ。
あれほど嫌っていたラブホが
実は自身に取ってのよすがの場であったことを最後に知る。

諸行無常、一度は栄えたホテルの退廃ぶりが切ない。
このお話は原作の桜木さんの実体験を元にした作品で、15歳の春、父親が1億円もの借金をしてラブホテルを立ち上げたのだという。
事務所の上に実家があり、高校から帰ると毎日手伝いをしていたという。
多感な時期に、特殊な環境で生きてきたことは小説家になるにあたっての大きな材料になっただろう。

面白い話で、桜木さんが書いているのは、じつは執筆当時はまだ実家のホテルは営業していて、2012年末「ホテルローヤル」の出版直前に、偶然にも廃業することになったそう。
奇しくもホテルと桜木さんのホテルが同じものになった。
こんなエピソードを聞くと、きっと原作はもっと奥深いのかなと興味がでてきました。
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