菩薩

ジオラマボーイ・パノラマガールの菩薩のレビュー・感想・評価

4.0
原作から憑依する婆ちゃんと小学生売春組織が消え、まる金ベーカリーも「再開発」の名の下に姿を消す…。原作が“BOY MEETS GIRL”STORY “IN SHU-GO-JU-TAKU”ならば、この映画は差し詰め“BOY MEETS GIRL”STORY “IN SAI KAIHATU TIKU”とでも言うべきだろうか、相変わらず“BOY MEETS GIRL”と言いながら「好き」を生きる依り代にするジオラマボーイとパノラマガールはすれ違いを続ける。原作の持つ素直なラブコメ部分を素直に映像化したのであり、岡崎京子風に言えばクーキョなゲンジツセーの無いへータンでへーボンな毎日がふと交わる瞬間に何かを期待し悦びを見出すべき作品なのだと思う、下町と高層ビル群とを繋ぐ橋が二人を「具体的に」遭遇させる役目を買う。1980年代末と現在とではトーキョーが抱える精神的な飢餓感も似て非なるものがあり、男女を巡る価値観も多様化しつつあるが、「好き」と言う概念が持つ力強さとその引力の強さは変わらぬ…と言うのが原作で岡崎京子が最も強く訴えている部分であり、些か荒唐無稽で実体感のない話を読み終えた後に手の中に残る感触でもある。当然のオザケンや壁にぶら下がる大瀧詠一「A LONG VACATION」、突如ぶっ込まれる元ネタたる村上春樹と言ったあざとさは大いに結構だし、リアルで無くて良いのだよリアルを生きたくない二人なのだから、もし明日この大東京に小惑星が落下して来ようが、その非現実感こそを受け入れたい。『ジオラマボーイ・パノラマガール』はこれで終わる話ではなく「あの後2人は上手くいったかしら…」と想いを馳せ自ら再活発していくべき作品であり、あり得るかも知れない今よりは少し明るい未来を見据える作品である。そんな作品を現代に再活発してみせた監督の功績は讃えられるべきだと思うが…流石にあのゴキブリはナシだと思う、何があったんだあの場所で…。
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