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哀愁しんでれらのumisodachiのネタバレレビュー・内容・結末

哀愁しんでれら(2021年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

土屋太鳳が衝撃的な役に挑戦したサスペンス。

役所の児童相談の仕事をしている小春に、ある日一気に不幸が訪れる。祖父が倒れ、病院への道で事故に遭い、父親は飲酒運転で拘束され、おまけにその間に家が燃え、彼氏に浮気されたのだ。一瞬で不幸のどん底に叩き落された小春だったが、シングルファザーの開業医・大悟と出会ったことで人生が急展開し……。

前半部分でシンデレラストーリーの急勾配を駆け上がり、後半で勢いよく駆け下りた上に途中で道自体が崩落するみたいな映画。10歳の頃に母親に捨てられた小春は「母親」に対して強すぎる理想像を抱いていて、その理想が自分自身を苦しめることになる。

土屋太鳳の暗い面が強調された芝居ばかりが話題になっているが、これはなんといっても田中圭が良い。一見普通の好青年に見えて実は……という役どころは、私の中で田中圭が最も得意とするものだと認識している(ブレイクする前はそういう役が多かった印象)。彼がすごいのは、「ガラッと変わった」という風に見えないところなのだ。《誰が見ても好青年》から《ヤバい人》への変換点がわからなくて、極めてナチュラルにその間を行き来することができる。「あれ?もしかしてちょっと変なのか?」「いや、そんなことないのか?」と少しずつ不安になっていくうちに、いつの間にか取り返しがつかないほどヤバい田中圭が目の前にいるというか。こういう芝居が本当に上手い。

貧しく庶民的な女性が金持ちと結婚して非現実的なほどの邸宅に住むというのは、『Swallow スワロウ』に少し似ていると思った。家の中で気づかぬうちにプレッシャーをかけられ抑圧されていくというのも共通。ただし、スワロウが《女性として》の苦しみを描いていたのに対して、本作は《母親とは》という部分に焦点が当たっていたのが大きく違うポイント。

【以下ネタバレあり】
















小春は幼いころに母親に捨てられ、大悟は妻に去られたという過去を持つ。この2人が去った理由が明確に語られないのが良かった。大悟の娘ヒカリはモンスターめいた少女で、エレクトラ・コンプレックス気味。継母となる小春に対して極度に親密に接するが、その裏で試すようなことをする。注目を浴びて自分の欲求を通すためならば手段を選ばない狡猾な面もある。大悟はヒカリを「難しい子」と表現したが、こういうタイプのモンスターは実際にいる。

大悟の母親の口から、大悟も昔はヒカリと同じようなタイプの子どもだったことが示唆される(ハッキリとは言わないがそう推測できる)。ここで、観客は「もしかしたら小春の母親も小春から逃げたのでは?」という疑念が生まれる。小春の母親と大悟の妻が去った理由を明かさないことで、頭のなかに様々な疑念が生まれていく仕掛けになっている。

こういった曖昧さはその後も続く。ヒカリは物語の途中である重大な事件に遭遇するのだが、その加害者がヒカリなのかそうでないのかは最後まで明確にならない。また、ヒカリに手を挙げた小春が大悟から追い出された後、踏切に身体を横たえるシーンがある。私はここで小春が死んだ可能性もあると感じた。

なぜなら、踏切までの小春はヒカリの行動を疑い、疑うことで家庭内での居場所を失いかけ、苦しんでいた。しかし、踏切の後からは妄信的にヒカルの言葉を信じるモンスターペアレントと化したからだ。終盤の展開はとんでもないもので、ダークファンタジーのようだが(しかもツッコミどころがたくさんある)、踏切以降はすべて小春の脳内の物語だと考えることもできる。ただし、あくまで「それもできる」というだけの話。本作は極端にアップダウンのある派手なストーリーを用意しているようでいて、肝心なところで「曖昧さ」を多用している。実に周到だ。

絵画や剥製、洋服、指輪、食べるもの……画面を埋め尽くす色彩豊かなアイテムのひとつひとつが考え尽くされたものだとわかるので、常にスクリーンの隅々まで意識していないといけない。ずっと気が抜けず、しかもジェットコースターのように刺激が強いからドっと疲れる作品。そして面白い。

大悟と小春とヒカリは確かにヤバい家族だが、それぞれが勝手に抱く理想や常識が誰かを(ときには自分を)苦しめることなどいくらでもある。ヒカリのような子どもを持ったとき、自分は誰の言葉を信じるのか?大悟のような夫を持ったとき、苦しみから逃れるために思考停止するのは罪なのか?理想が強固であればあるほど、現実を受け入れる際のストレスは大きくなるわけで。筆箱を海に投げた小春を責められる人は誰もいないと私は思う。

あと、ちょいちょい笑えるシーンもあった。特にヒロム最高。「だったらやってから来いよ!」とシーンの切り替わりに爆笑した。今後もこの監督の作品には期待したい。

ところで、撮影現場にずらっ並ぶ自分の裸体の絵を見せられた田中圭がどんな反応をしたのか、気になる……。







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