けんぼー

アオラレのけんぼーのレビュー・感想・評価

アオラレ(2020年製作の映画)
3.7
2021年鑑賞68本目。
現代社会に生きる全ての人へ送る、「アンガーマネジメント」の教本的作品。
パンフレットは非常に勉強になる内容が盛りだくさん。「怒り」への対処方法を身につけよう。

本作の原題は『unhinged』。
「hinge」とは日本語でいう「箍(たが)」のことで、「たがが外れる」「常軌を逸した」「気が狂った」「ブチギレた」といった意味となる。
ちょっとしたトラブルが原因でブチギレて常軌を逸した「男」が、ある家族に執拗に襲いかかるホラー作品となっています。

ラッセルクロウ演じる「男」は、最後まで名前が明かされません。物語の最初のシーンは彼が何かに絶望し、一軒の家に侵入して住人を皆殺しにし、家に火をつけて立ち去るところから始まるんですけども。
彼の身に何かが起こって、それが原因でこんな犯行におよんでしまったんだろうなあ、と漠然とは想像できるのですが、はっきりとはわからない。そして最後まで「男」のバックグラウンドが明かされることがないため、それが「男」の得体の知れない不気味な恐ろしさを増幅させるんですよね。

そして不運にも、そんな「男」の標的となってしまう主人公「レイチェル」。シングルマザーで息子と弟と一緒に暮らしているのですが、遅刻グセがあって、毎朝息子を学校まで送るのにもドタバタドタバタ。しまいには仕事にも遅刻してしまって大事な顧客を失ってしまう。道路は渋滞で全然進まない。そんなイライラする状況の中で「男」と遭遇してしまうんです。「男」の乗った車にクラクションを鳴らすレイチェル。「プチ」ギレした「男」はレイチェルの車に横付けし、クラクションの鳴らし方を注意する。「自分も謝るからそっちも謝ってくれ」とレイチェルに言うけどもレイチェルは謝らず、、、、。ついに「男」はブチギレて、レイチェルとその家族にとって最悪の一日が始まる。

予告などでも「男」の恐ろしさが強調されがちですが、主人公のレイチェルと「男」は実は同じような立場なんですよね。2人とも社会の中でうまくいかなくて、イライラして、もがき苦しみながら生きている。
そして「男」のように、「社会から孤立した」と思い込んで苦しくてギリギリの状態にある人って私たちの周りにも必ず存在するんですよね。というか、現代の社会情勢の中では「男」のような存在が100%フィクションであると言い切れないところに怖さがある。レイチェルも「男」のようになる可能性は十分にあるわけで。

そして、この作品を考える上では「現代の社会」について考えを巡らせる必要があると思うんです。
現代では「多様化」が進み、さまざまな価値観や考え方が肯定され、それぞれが市民権を得るようになりました。「個の世界」が増えたというか。その結果、個々の価値観同士のぶつかり合いが、個人レベルで発生しやすくなったんだと思うんです。
「個の世界」の中で、「自分が正しい」「これこそが正義だ」と考え「怒った」人は、それ以外の考え方や価値観や意見を排除しようと攻撃し、叩き、炎上させる。そんな事件が多くなったように感じます。
インターネットの普及により、マイノリティがまるでマジョリティのように見えるという背景もあるとは思いますが、怒りに身を任せて「正論を武器にして争う」人が増えたんじゃないかと思います。

また、「車内」というシチュエーションはまさに「個の世界」であり、「自分の価値観の中に閉じこもった状態」とよく似ているのではないでしょうか。
外の世界(他者)を思いやる気持ちが薄くなり、「怒り」やすいシチュエーションなんだと思います。
「煽り運転」のようなトラブルを少なくするためには、「追い詰められる人が少なくなるような社会を作る」ことが一番大切なのですが、それはかなり時間がかかるので、そうなると「怒り」のコントロールを個人個人が行うことが1番の近道なのだと思いました。

本作のパンフレットには「日本アンガーマネジメント協会」の代表理事の方による「怒りへの対処法」が載っていて、とても参考になりました。
とても勉強になる内容なので、映画を見ていなくてもこのパンフは買う価値があるくらいです笑。

序盤に張り巡らされた伏線を綺麗に回収し、単純にサイコホラーとしても楽しめる作品ですが、現代社会の抱える問題と個人の「怒り」との付き合い方についても考えさせられる作品でした。

まじで煽り運転気をつけよう、、、、。

2021/6/3鑑賞