くりふ

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙のくりふのレビュー・感想・評価

3.0
【黒い靴】

公開時にみましたが、茫洋とした映画でした。先日の『パレードへようこそ』がとてもよく、炭鉱ストで本作を思い出したので、関連して投稿する気になりましたが。

認知症発症後のサッチャーさんの日々を追い、本人が回想する構成だから、伝記映画としては信頼性がなく、彼女の妄想フィクションとしても中途半端な仕上がりでした。

お婆ちゃんが、自分に都合よい思い出に浸る映画ですよね。香港返還しちゃったことなんて完全忘却だもんね(笑)。

サッチャリズムが辛うじて、父親の影響大だったことは匂いますが、政治家としての実像は結ばれない。後半は彼女の孤独ばかりが強調され、なんかお涙頂戴くさい。公開時、サッチャーさんの子供や伝記の著者から、実像から離れ過ぎ、と批判があったことを思い出します。

メリルさんはクリソツ演技の前に、老化演技が凄まじかった。メイクなしでもその年齢に見えそうで、一番の見どころ。

他、装うことは政治の一部だ!とばかりに、党首選に臨む彼女を改造していく件など、面白い点は、チラホラありました。

装いでいえば、靴の扱いが気になった。若きサッチャーは、白と黒のツートンカラーの靴を履き政界入りしますが、周囲の男は黒ばかり。しかし次に彼女の靴がアップになると、黒く変わっている。

これがラスト、亡き夫の靴に対する激しい言動にもつながっていると思いました。党首選に向けた「外面を変えても中身を変えるな」というアドバイスとも連動しています。

この靴をヒントに、夫の亡霊が消えないことも少し、読み解ける気がしました。彼への未練や後悔は当然あるでしょうが、男社会を抜けた後も、男としての自分の分身がずっとついて回っているように見えたのです。亡霊とリップシンクしながら、かつての党を非難する件など象徴的。

回想でも、フォークランド紛争以降イケイケになった後、あれほど首相になるのを嫌った夫が、彼女に乾杯するカットが何度か出てきます。アップになり少し異様でしたが、あれも妄想では?と疑ってしまう。夫への未練と政治家としての未練がないまぜになったのが、夫の亡霊だったのでは、という気がするのです。

だからようやく未練を経つ時、亡霊は靴を含めああいう行動を取ったし、サッチャーは未練なく台所でアレをできるようになる…そんなエンディングじゃないかと思いました。

ご本人も亡くなりましたが、だからこそ、そのうちもっと冷静な伝記映画が出てくる気はします。よくも悪くも、英国史の中でどう息づいたかキチンと立体化されたサッチャー史を、みてみたいものです。

<2015.4.6記>
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