somaddesign

アナザーラウンドのsomaddesignのレビュー・感想・評価

アナザーラウンド(2020年製作の映画)
5.0
後半「そらそう」としか思えなくて笑った

:::::::::::

冴えない高校教師のマーティンと3人の同僚。ノルウェー人の哲学者が提唱した「血中アルコール濃度を0.05%(ワインなら1〜2杯)に保つことで、常にリラックスした状態になる。適度に高揚し、仕事の効率も上がり人生が豊かになる」という説を立証するべく実験することに。朝から酒を飲み、軽く酔った状態を保つと授業も楽しくなり生徒の評判も上々。生き生きとするマーティンたちだったが、実験が進むにつれて制御が効かなくなり……。

:::::::::::

映画の根幹は中年クライシスだけど、行われてることがYouTuberな検証企画っぽいバカバカしさが面白い。「平日の朝から飲んでみた!」的な。
当初こそ厳格なルールに基づき、飲酒による生活の変化を記録する様が描かれるけど、案の定というかなんというか……。「人はこうして易きに流れる」の記録になっちゃって笑うに笑えない、やっぱ笑ってしまう。

映画の内容より、デンマークの飲酒事情があまりに衝撃的で、そっちの方が記憶に残っちゃった。調べたらアルコールに対してものっそい寛容。日本人の感覚からすればとても異質に思えるけど、度数が比較的低い16.5%以下なら16歳から買えるし、16.5%以上でも18歳から買える。そもそもこの年齢規制もお店に対してのもので、飲酒は何歳からでもオッケー(但し18歳までは保護者の同意が必要)。カールスバーグビールが5%くらいだから、水感覚でランチや休憩で飲むって話も頷ける。どこのスーパーでも気軽に買えるて、一般的なビール330ml缶が安いスーパーだと1缶4クローネ(約72円)くらい。で、飲み終わった瓶や缶を回収機に返すと1クローネ(約18円)返却される。つまり、だいたい50円前後でビール飲めちゃう。そらもう高校生でも週に50本飲むのも納得。コーラの方が全然高いし、若い頃からアルコールに慣れ親しむ文化なんだろう。肝臓丈夫な。


マッツの静かな演技が眼福。
変わりばえなく自分にも世界にも退屈してる。無味乾燥とした毎日に、生きてきた証も生きる価値さえ見失ってる。キルケゴールの言う「死に至る病」っちゅーのか、シンプルに言えば絶望してる。
その後、仕事前に隠れて飲酒。ちょっとだけ酔って気持ちよくなってる演技がスゲエ。劇中マーティンも仲間たちも浴びるように飲んでいるけど、当然のことながら実際には1滴のアルコールも摂取せずに演技したそう。紅潮した体や二日酔いの粘っこい汗はメイクだろうけど、ほろ酔い〜泥酔まで見事な演じ分け。役者さんってほんとすごいな。

期待通りにいかない人生を重々承知の上で、かと行って夢も希望もなくただ絶望したまま生きるわけにもいかない。失敗も苦しみも人生のスパイスに変えて、新しい味わいとする人生賛歌の物語。
ラストの祝祭シーン! それでも人生は最高だ!って宣言でもあるし、さんざん酔った末にマーティンが見てる幻説ある。出て行った嫁から復縁を迫られ、教師としてもやりがいと敬意を取り戻し、人生のキラメキを再発見する。マーティンにとって都合良すぎる。となると、あのジャンプは未来への飛翔でもあるし、現実世界での取り返しつかない堕落の前兆でもある。


ラストシーンを飾るスカーレット・プレジャーの「What A Life」。
失敗や絶望も含めた人生への賛美と祝杯。新しい人生の一歩を踏み出す若者たちと、人生の価値を再発見するおっさんらの対比が美しい。美しすぎて、やっぱりマーティンが酔って見てる夢なのでは?

マッツの娘さんが高校時代、パーティ帰りの娘を車で迎えに行くと、2度ほどビールケースを抱えてベロベロに酔っ払った同級生の青年も送り届けたことがあるという。その青年こそがのちのスカーレット・プレジャーのボーカル、エミル・ゴル。のちにその事実を娘から聞いたマッツは「あいつか!」と思わず笑ったとか。


元々は監督のトマス・ヴィンターベア監督が書いていた戯曲が元で、監督の愛娘アイダによるデンマークの若者の飲酒事情にインスピレーションを受けたそう。アイダは当初はマーティンの娘役で映画デビューする予定でもあったが、撮影が始まって4日目、交通事故のため19歳の若さで亡くなってしまった。夢の実現を目前にした悲劇だった。そのため本作はアイダに捧げられ、第93回アカデミー賞・国際映画賞を受賞に際して監督は「キャスト全員がこの作品のために心を砕き、すばらしい演技をしてくれました。もちろん、マッツ・ミケルセンには特別な感謝の言葉を贈りたいと思います。映画のためだけではなく、私の娘のためにも最高の演技をしてくれました。アイダ、たったいま、奇跡が起きたよ。そして、君もこの奇跡の一部だよ」と謝辞を述べた。


余談)
ムービーウォッチメン聴いてたら、リスナー評で「価値観も交友関係もアップデートできなかったダメンズ中年4人組。ホモソな密閉空間以外で心を開ける場所がない人たち」「高校教師と理想の父親像を演じる狭間で『人生の袋小路にたどり着いてしまった、男性性に苦しむ男たちとして描かれている」「彼らがその苦しみから逃避する手段こそが飲酒。感覚を麻痺させて快楽を得るばかりでなく、強い酒を「これだけ飲める俺スゴイだろ」と男性性を補強する面もある」「彼らのせいで苦労する女性たちの視点も描いているが、マーティン夫妻の離婚危機の原因が妻の浮気だったという描写は、マーティンをかわいそうな人であるとして擁護するためのマンフレンドリーな描写であり、監督の『男性監督の表現』という偏り方距離を取れていないと感じました」「家族の問題も、女性たちに背負わせた負担も、何もかもに背を向けるという非常に不誠実な終わり方で、現実のジェンダー格差の構造を肯定してしまう表現だと感じました。それでもこのラストにある種のカタルシスを感じてしまうのは、『飲酒』という現実逃避に、『映画』というフィクションに我々観客が一時だけでも現実を忘れて没入する感覚を見事に象徴させていたから、だと思います」と手厳しくも自分には思いもつかなかった視点の批評が聞けて良かった。確かに彼らの奥さん達から見れば「何言ってやがんだ」って気持ちになるだろうな。


58本目
somaddesign

somaddesign