アメリカンドリーム崩壊映画の決定版。
家を失ったアメリカの白人が辿り着いた場所は広大な荒野。寒さと闘いながら雄大な自然の中で排泄し、定住を否定する人々が本当に存在する。
帝国という名のエンパイアからやってきたファーンはシダ植物の名を持つ初老の女性。車中泊でバケツに排泄しながら、倉庫業務のため旅をする。
こんな生き方をする人々を虚実ないまぜで描く本作は映画史上、類をみないくらい賞を取った作品でもある。いやがおうにも肩に力が入って鑑賞した感想は、空虚なものだった。
監督の前作「ザ・ライダー」のリアリティが素晴らしく、それのアップデートを期待してしまったが、今回はライダーに描かれた「痛み」は間接的なものとなってしまったと思ったから。
前作は本当に障害を持った人々の生活を描いたが、今回は本当に存在する人々の死など描かれるが実際は生きているらしい。
鑑賞後に答え合わせをする時に、本当に死んだと思った人が嘘だったという事実に肩透かしを食らってしまった。ザ・ライダーでは逞しい青年が重度に障がいを負ってしまったという事実が衝撃的で、本当にYouTubeに彼の動画がアップされていたのを観た時のショックは忘れられなかった。本当に自分と同じ世界を生きている人々と一体になったような奇妙な感覚になったからだ。
でもノマドランドのファーンは存在しない。
そして劇中、亡くなったと思った人は生きていた。
喜ばしい話なのに騙されたような気に陥った。
だけど、様々なインタビューや批評を調べていく中で、ファーンとはアメリカ人の夢が破れた象徴そのものだと悟った時に、ようやく腑に落ちた。
この物語は、アメリカが理想に敗北したことを完全に認めた映画。それをファーンに背負わせて、実際にノマドとして生きる人々とかけ合わせることで、事実上の帝国の崩壊を裏付ける。
あらゆるハリウッド映画がアメリカンドリームの崩壊をテーマにしていても、まだ崩壊の途中という印象だったが、この作品は完全に崩壊したと言っているようだった。
そこに何のドラマ性もなく、ただ帝国は滅んでいるのだ。
では何が残ったのか。
それは何千年、何万年とかけて育まれた大地。
それと1つになる魂。
人間の夢は儚く、一瞬の幻。
ただ雄大な地球に吸い込まれて消える。
残された者の魂は地平線の中に溶け込んでいく。
永遠となって悠久の宇宙へ帰る。
この監督の次回作は、MCUの「エターナルズ」。
神に近い不死者達の物語。
もしかしたらMCUが我々のユニバースと地続きだと感じさせてくれるかもしれない。
そう期待させてくれる新たなる巨匠監督の誕生かもしれない。
彼女の手法は映画の未来や表現をアップデートするのかもしれない。
今ならそれを信じられる。