舞台になる市政府の地元共産党員たちの姿は中間管理職の悲哀にも重なるし、意外な形でドラマが終わった。ついにKGBの人の名前分からないままに…。(聞き漏らしたか)
ドラマ中ドン・コサックの勝利を祝う凱旋門が何度も映し出される。
かつてはコサックの本拠地だったノヴォチェルカッスクの虐殺をメインテーマに描きつつ、リューダの父のようなコサックの出自とリューダの根底にある価値観の衝突を親子という個人的な関係の中で見せられたのは初めてかも。
肉親すら心のうちに入り込めない、何かにすがりきってしまう人の揺らぎが中心のような。
リューダ役のヴィソツカヤがノヴォチェルカッスク出身なのは、制作に何か関係したんだろうか。
弟ミハルコフの大作が愛国心に過剰に訴えかけるものが多すぎる(ソ連時代は別の印象)のに比べて、兄コンチャロフスキーは公開が少ないのでなんともだが、淡々として熱すぎない。