幽斎

親愛なる同志たちへの幽斎のレビュー・感想・評価

親愛なる同志たちへ(2020年製作の映画)
4.6
ロシアのウクライナ侵攻が膠着状態、国境を接する日本も他人事では無い。北方領土の兵士がウクライナへ行っても、ロシア艦隊は津軽海峡の領海侵犯を繰り返す。私は学生の頃からロシア文学を嗜み、ある意味親ロシア派の私も如何なる国家なのか、今一度見つめ直す必要に迫られた。アカデミー国際長編映画賞ロシア代表。東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門上映。アップリンク京都で鑑賞。

このタイミングで名匠Andrei Konchalovsky監督作品が劇場で観れるのは僥倖と言える。「暴走機関車」「映写技師は見ていた」知られる監督だが、製作当時で83歳。しかも、ロシア文化庁が製作した政府公認映画と言うのが実に面白い。私は本作を観てAndrzej Wajda監督を思い出したが、当然の様に体制を批判する作品。冷戦と言う背景を差し引いても、其処にはレジスタンスの想いが付き纏う。そして驚く程に「西側」我々の価値観と似てる事も特筆に値する。

「ノヴォチェルカッスク事件」ロシアで「血の日曜日」と恐れられる1962年に起きた惨殺事件。死者の数は26人、負傷者数十人、処刑者7人、投獄者は数百人に上る。ロシア南部の町ノヴォチェルカスクで、非武装の労働者の抗議活動がソビエト軍の暴力で鎮圧。ソ連が崩壊するまで隠蔽された。発端は機関車工場のストライキ。Nikita Khrushchyov政権から導入された貨幣改革は、デノミ効果も無く食料品の価格が3倍に跳ね上がり、最貧層の工場労働者に大打撃。ストライキで「フルシチョフを食肉に!」と叫ばれた。

リョーダを演じるYulia Visotskayaは、監督の妻(笑)。設定は架空の人物だが、描かれる事件は事実で、ロシア政府も認めてる。彼女の視点で労働弾圧の理不尽を私達にも分かり易く、且つ鋭く浮かび上がる。皮肉な事にJoseph Stalinが亡く為り、Khrushchyov政権に移行するが、独裁と粛清で保たれたワルシャワ条約機構が綻びを見せる。恐怖政治の終焉は東側諸国に「雪解け」と言う名の、アメリカの離間工作。御膝下のソ連でも少しだけ自由な空気が流れた時期と一致する。

作品が作られた2年後にウクライナ侵攻が始まる事は、イギリスの「007」MI-6がアメリカに警告したが、当のCIAはAIの分析を信じ、2014年クリミア併合でロシアとウクライナの対立が激化した時も見て見ぬ振りを決め込んだ結果がこのザマだ。臭い物に蓋をするのはソ連だけでは無い。日本でも不穏な事実を認めたく無くて、声高に叫ぶ国民を過小評価する「聞くだけ」内閣が居るじゃないか。

ロシア文化庁製作、とは言ってもお蔵入りするのが一般的だが、それを日本へ届けたアルバトロスには最大限の賛辞。いや、奇跡と言っても過言でない。本作には現実に起きてるウクライナ侵攻を紐解く鍵が数多く散りばめられてる。虐殺と隠蔽工作、大衆の沈黙とゼレンスキー大統領は、なぜ半袖で安全を保障され暗殺されないのか。そして、なぜロシアは西側で公開する事を許可したのか?。

ロシア国内に目を転じれば、プーチン大統領とフルシチョフの評価が余りにも対照的。ソ連を批判する事は天に向かって唾を吐く行為に等しい。フルシチョフはクリミア半島をウクライナに割譲した張本人。スターリンの苛烈を極めた統制への償いの意味も有っただろう。それを世界第2位の軍事力を使ってクリミア半島を奪還したのが、プーチン大統領。ロシアではスターリンを再評価する、巧みな洗脳と本作が虚虚実実にリンクする。

レビュー済「DAU ナターシャ」でも、西側と東側で汚職の意味合いが違う事を鮮明にしたが、ロシア映画のマストと言えば「不思議惑星キン・ザ・ザ」。やはりロシアのSFは今でもハリウッドが首を垂れる程に観念的で抒情的。知らない人が驚いたで有ろう事はKGBとロシア軍が犬猿の仲で有る事。「情報を制する者は世界を制す」それは今も変わらない。アメリカはCIAとNSAが対立、国防総省にも独自のスパイ組織が有る。では、アメリカ大統領は誰を信じれば良いのか?、それは前線で働く兵士の言葉。相互不信の空気は誤った社会に陥る事を本作は静かに問い掛ける。

先ずは此方の曲をお聞き下さい
www.youtube.com/watch?v=rwAns-qsMPo&ab
ソビエト社会主義共和国連邦「国歌」。オリンピックとかで聞くとカッコいいですね(笑)。残念ながらソ連は望まぬ姿で復活したが、この曲を作詞したのはSergei Vladimirovich。その長男がAndrei Konchalovsky監督なのです。監督は芸術一家で育ち、Sylvester Stallone主演「デッドフォール」ハリウッドで監督する等、アメリカの空気感も心得た人。故に本作は重苦しい事実を描くけれど、不思議な面白さも兼ね備える。Black and Whiteと1.33 : 1と2020年の作品に見えないかもしれないが、ロシアを批判するなら先ず真実を知るべし。本作は文学で言うCynicism、シニシズムの極致かもしれない。

レビューを書いた後で、Mikhail Gorbachev氏の訃報を知った。彼もロシア国内と西側諸国では正反対の評価を受けた1人。社会主義の破壊者、平和構築の功労者、私が今まで生きた中で一番大きな情勢は「ソ連崩壊」。彼のペレストロイカ(建て直し)は、プーチン大統領の今も道半ば。大国の威信を崩壊させ、共産党独裁も解体出来ない。第三次世界大戦を退けた功績も、ロシアでは霞んで見える。彼の歴史的評価は此れからだが、さぞ無念の想いで去って逝ったと思う、改めて御冥福をお祈りしたい。

「スターリンが恋しい。彼が居なきゃ革命は無理よ」こんな破壊力ある言葉が有るのか。
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