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ベイビー・ブローカーのsomaddesignのレビュー・感想・評価

ベイビー・ブローカー(2022年製作の映画)
5.0
土砂降りの晩、ソヨンは生まれたばかりの赤ん坊を赤ちゃんポストの前に置き去りにしてしまう。翌日思い直して取り戻しに行くソヨンだったが、赤ん坊が居ないばかりか、捨てられた記録すらないことがわかる。養護施設で働くドンスと借金に追われるサンヒョンによって、こっそり連れ去られていたのだ。ソヨンに真相を知られた二人はだったが、サンヒョンの「赤ちゃんを幸せに育ててくれる家族を見つけようとしていた」という言い訳のまま、彼らと共に養父母探しの旅に出ることになる。

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是枝監督の最新作は韓国映画。
たぶん韓国の有名監督でも実現できなそうな超豪華なキャストで、韓国芸能界に疎い自分ですら知ってる顔ばかり。この顔ぶれで超地味ながら滋味あふれる人間ドラマを作っちゃう是枝監督すげえ。そして映画としてちゃんと面白い。重いテーマを説教臭くならずに、人間ドラマに収斂する手腕は流石の一言。

過去作「そして父になる」のこだまのような作品で、その反省も今作の着想に生かされているそう。よく言われるところの「女性は十月十日を経て母になるが、男性は自覚的に父にならないといけない」って話。ともすれば父親の自覚を持てない男性の常套句でもあり、責任逃れにも使われがち。性別問わず親になる自覚が勝手に芽生えるわけはなく、母親になる準備も覚悟もないまま妊娠・出産を迎えてしまう女性がいたっておかしくない。

「家族」についての映画ばかり撮っている作風で、今作でも擬似家族が旅を通じて、血よりも濃い関係性を結んでくロードムービー。一方で、命そのものの有り様についての映画でもある。是枝作品は「家族」をテーマにした映画が多いけど、望まれず生まれてきた命にも価値はあるのか? 価値のない命とは? 意味のない人生とは? ってすごく広い問いかけや、誰かが決めた価値観で命の重さが図られる現状への疑問符を投げかけた上で、生命そのものへの讃歌に思える終盤のあの展開。
ごく自然な流れであのセリフが引き出せる子役の妙。子役演出に定評のある是枝作品ならではかも。

ソヨンとスジンの対比。意図せず母親になってしまった人と、意図的に母親となる人生を選ばなかった人。「捨てるくらいなら産むなよ」と思わず呟く気持ちはごもっともだけど、振り翳した正論が何も救わないの現実の残酷さは「万引き家族」のラストに近いビターさ感じる。

完全な善人もいないけど、完全な悪人も出てこない。安直に善悪で切り分けできないのも味わい深い。いろんな人が様々な思惑で行動してるけど、誰一人としてウソンの幸せを願ってない人がいない。思惑は各々あっても、旅を通じて優先順位の最上位がウソンの幸せに収斂してく心の変化が尊い。


メインキャラクター達の演技が全員素晴らしく、みんな好きになっちゃう。中でもやっぱりソン・ガンホのダメおじさんっぷりはサスガ。映画の中心に存在感ドッシリいて、不思議と人を惹きつける名演。特に序盤サンヒョンがヤカンの火を止めるために立ちあがろうとして、一瞬バランスを崩す。意図的な演技か、たまたまか分からないけど、あの一瞬でサンヒョンのオッサン感つーのか「ダメオヤジ」っぷりが滲み出る。

ソン・ガンホは相当大きい人だけど、並んで立つカン・ドンウォンがさらに大きいのでサイズ感バグって面白い。ソヨン演じたイ・ジウンが子供に見えるくらい小さくサイズ差があるので、なんかこう…ほんとに未熟な寄るべない少女が、意図せず子供を産んでしまったように見えて胸が痛い。

他にも赤ちゃん役の子の反応の良さだったり、ソヨンを演じたIUの素晴らしさetc…褒めたいとこ・好きなとこを挙げるとキリがないのでやめとく。

フード描写好きとしては、序盤の張り込みシーンで、スジン刑事とイ刑事のコンビがやたらと食べてたのが印象的。法の番人たる彼女達もまた人間って描写だし、機械的に悪人をしょっぴく冷血漢じゃない暗示でもある。一方で、味わうことを放棄して黙々と口を動かす様は、心ここに在らずで任務に没頭してる様子も伺える。美味い不味いより栄養補給を優先してる感じも、仕事に人生を捧げてる様が透けて見えて、物語全体を俯瞰するとなんだか物悲しい。ご飯を美味しく食べるには、心の余裕があってこそ。


44本目
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