一色町民

川っぺりムコリッタの一色町民のレビュー・感想・評価

川っぺりムコリッタ(2021年製作の映画)
4.8
荻上直子監督作品というと「かもめ食堂」(2005年)を筆頭に、とにかく癒やされる作りとなっている作品が多い。本作もほのぼのとした雰囲気なのだけれど、これまでの作品と決定的に異なるのは、今作には色濃く『死』の臭いが立ち込めている点です。
 物語の序盤に、主人公の山田(松山ケンイチ)の父が亡くなったことが明らかになり、彼は役所にその遺骨を受け取りに行くことに。そして、自宅の棚に置かれた骨壺の箱が夜になると銀色に輝くという幻想を見る。これは、日常生活の中に『死』が入り込んでくるという状況を見事に可視化した演出でした。

 ただし、テーマは重いのにズーンと重くのしかかるものは不思議と無いです。登場人物皆、抱えてるものがありそれを誰も、問い詰めたりしない。今を生きる為に働いて、ささやかな幸せ見つけて、ご飯を食べる。基本それだけ(笑)。
 本作は富山県ロケで撮られています。地方の持つゆったりした雰囲気と、ほのぼの感がより深く感じられます。

 主人公の山田には、特殊詐欺の前科があり、また、幼い頃に見捨てられて、まだ見ぬ父親の死と向かい合うことになるといった背景があり、コメディタッチの作品ではあるものの、凄くシリアスで悩み深い男として描かれます。
 地方のイカの塩辛工場で働き、会社が紹介してくれたアパート“ハイツ・ムコリッタ”に住むことに....。しかし、平屋のそのアパートには、まさに色んな人たちがいるんですね。

 山田の隣室の島田(ムロツヨシ)。風呂に入れてくれだけでなく、一緒に会食しようと、いわゆる“タカリ”な感じで山田の部屋にやって来る。これが全く憎めないキャラとして描かれ、彼と向かい合って、ほっこりの食卓シーンの連続。
 食は『生』の象徴です。どんな豪華な食事よりも、炊きたてのご飯と味噌汁と塩辛に漬物、そして一緒に食べる誰かがいるということも重要。

 冒頭に、本作には『死の臭い』が立ち込めていると記しましたが、他にも、アパートの住人たちはそれぞれ、『死』が身近なものとなっています。
 溝口(吉岡秀隆)という男は、喪服を着て墓石を販売して民家を回っているし、満島ひかり演じる大家さんは、早くに夫を亡くしている。彼らに加えて、大橋という完全に幽霊のお婆さんまで登場します。島田も亡くした息子がいたようです。

 本作のキーワードは「ルーティン」ではないかと思います。「お決まりの所作」「日課」などの意味ですが、本作は「同じことの繰り返し」に「豊かさ」を見出そうとしている気がします。
 たとえば、「生活がルーティン化(同じことの繰り返し)している」と聞くと、良い意味には捉えられません。主人公・山田の暮らしも、仕事に行って単純作業をこなし、自宅ではお風呂に入って牛乳を飲み、ご飯を炊いてイカの塩辛、漬物を食べ、隣人・島田の農作業を手伝う、それの繰り返しである。彼は、それを勤め先の社長(緒方直人)に思わずぶつけてしまう。それに対して、社長は同じことの繰り返しを5年、10年、あるいはもっと長い時間続けていくことの大切さを説く。そして、その重要性は、そうして5年、10年を過ごした者にしかわからないのだと....。

 山田には、『死』に引き寄せられそうになっているところがあありました。しかし、日々の繰り返しの中で、何とか『死』に抗いながら生活を続けていく。そして次第に「ルーティン」そのものに幸せや安らぎを見出していくのです。
 強烈だったのは、大家の南詩織(満島ひかり)のルーティンでしょう。彼女は、妊婦を見ると蹴りたくなる情動に駆られるらしく、そんなときには河原でアイスを食べて気持ちを落ち着かせている。加えて、彼女は亡き夫を今でも深く愛しており、精神的に不安定になると、仏壇から夫の遺骨を取り出し、それを齧り、自慰行為に及ぶという....。「ルーティン」は、その人が生きていくために、『死』に抗い続けるために必要なのです。

 基本的にゆったりと静かな映画ですが、ハイライトとしては、溝口がお墓が売れたので“すき焼き”を食べようとしているところに、山田、島田に大家も乱入して饗宴となるシーンと、河原で子供たちが宇宙人と交信しようとしていたら、イカのバルーンみたいなのが空に現れるファンタジー的なシーンが非常に印象的でしたね。
 それで本作のラストシーンは、山田の父親の葬儀のシーンとなります。葬儀は、アパートの住人たちが集まり、まさしく「川っぺり」でリコーダーやピアニカ、タライの太鼓、ギターを鳴らしての行進です。「川っぺり」は、やっぱり生と死の境界なんですね。

 荻上監督は「生と死の間にある時間を、ムコリッタという仏教の時間の単位に当てはめてみた。」と語っています。
 "ムコリッタ(牟呼栗多)"とは、仏教用語界の時間を表す言葉であり、30分の1日、つまり48分のこと。ささやかな幸せ"と言う意味もあるかもしれない。ちなみに、刹那は一瞬(指をひとはじきする間に65刹那ある)で、死の境界線でもあるのかな。

 「たま」のメンバーが中心となったバンド「パスカルズ」が奏でるアコギやアコーディオンなど、優しいサントラが印象的です。また、知久寿焼がホームレス役で出ています。
 エンドクレジットに薬師丸ひろ子の名があったのですが、まったく気づきませんでした。何の役だったのかな? 江口のりこは、山田の職場の先輩役でマスクをしていたけれど直ぐに分かりました。
※薬師丸ひろ子はいのちの電話の人でした。なるほどね。
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