はなたまご

皮膚を売った男のはなたまごのレビュー・感想・評価

皮膚を売った男(2020年製作の映画)
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祖国シリアを追われた若者の、自由と愛を求める数奇な体験を描いた作品。

アラビア語で「自由」はحرية(フッリーヤ/ハッリーヤ)というが、この作品はそのحريةを抽象と具体の両方の側面から描き出している点が秀逸だ。ここでは主人公のサムが自らアート作品になったことを考えてみる。アートとは個人が持つ自由な世界観の具現で、いわば自由の象徴である(表現の自由が担保されている限りの話だが)。また、ヨーロッパへ難民として逃げ延びた人々にとって、ビザはこれからの生活を始めるための自由への鍵だ。アートがもつ抽象的な自由と、ビザがもたらす具体的な自由をサムは体現することになったのだ。しかし、アート作品としてのサム自身は全く自由ではない。むしろ、人間として生きる自由を奪われていったとも言える。この「自由を表現する不自由な人間」という構図は、作品内においても明示的に描かれており、私達の心を動揺させ、哀しみを呼び起こさせる。そしてその哀しみは、現実として不自由を被るシリアの人々を思い出させるのだ。個人として自由に生きる権利があるはずなのにそれを享受できない状況下の人々。それはまるで、見えない背中に彫られた自由へのビザのようではないだろうか。

この話は実際のタトゥアート作品「TIM」が影響を与えているそうだ。人間を展示すること。これがフィクションではないことにも驚くが、日々悲しい戦争が起きているこの現実がフィクションではないことも心苦しい限りである。