耶馬英彦

アムステルダムの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

アムステルダム(2022年製作の映画)
4.0
 エラリー・クイーンのミステリーのような作品であるが、いくつか予備知識がないと解りにくいシーンがあった。以下、当方が気づいた事例を挙げておく。

 クリスチャン・ベールの演じた主人公バート・ベレンセンが妻ベアトリスと読んだと発言するエミリ・ディキンスンは19世紀のアメリカの天才詩人で、映画「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」でその生涯が描かれている。生と死、人生の瞬間を、美しい言葉で切り取って見せた稀有の女性だ。
 イギリスのスパイたちがカッコウが托卵することを非難するシーンがある。カッコウの雌は他の鳥の巣に素早く卵を産み付ける。そして鷹の鳴き真似をして、怖がらせて、他人の卵だと気づきにくくする。映画「ビバリウム」でも登場人物を怖がらせるシーンがある。
 フランクリン・ルーズベルトは史上最長の在任期間の米大統領で、第二次世界大戦に対しては、最初は不参戦の立場であった。本作品でラミ・マレックの演じた財界のフィクサーであるトム・ヴォーズがルーズベルトを忌み嫌ったのはそのためだ。代わりに参戦してくれる人間を大統領に就けようとした。

 戦争は人間の強欲と不寛容が引き起こすものだ。その元凶となるのが、ロバート・デ・ニーロの演じる将軍が演説の中で非難する「ひとりの人間の命よりも国家が大事と考える者たち」である。日本で言えばアベシンゾーとその一派みたいな人間たちである。そしてそういう人間たちをうまく使って一儲けしようとするのが軍需産業だ。軍需産業のおこぼれに群がるのがマスコミの人間たちである。ひっくるめると、原子力ムラみたいな強欲集団だ。映画は、こういう人間たちではなく、国家でなくひとりの人間の命を大事にする人間が国を統べるようにならなければ戦争はなくならないと、暗に主張している。アメリカだけの話ではない。

 ロバート・デ・ニーロは流石の存在感で、マーゴット・ロビーの美しさはとても際立っていたが、本作品の一番の立役者はやはりクリスチャン・ベールである。主演とモノローグの両方を担当し、ミステリーを見事に収めてみせた。

 ケッサクだったのは主人公の友人のハロルドの初登場のシーンだ。クリスチャン・ベールに向かって「ハイ、バート」と呼びかける声がセサミストリートのアーニーが「ハイ、バート」と言うのにそっくりで、思わず吹き出しそうになってしまった。
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