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ドライブ・マイ・カーのtdswordsworksのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.8
村上春樹氏の原作短編小説を解体し、同作でメンションされていたチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を劇中劇として挿入して、さらに原作と同じ短編集に所収されている『シェエラザード』『木野』のエピソードも交えて再構成。さすが東大文学部出身の濱口竜介監督とでも言いたくなる、想像すると目眩がするような作り方がなされている。
そんな重層的な物語のどのレイヤーにも、脚本と演出と演技によって強度がもたらされているが、本作がカンヌの脚本賞を射止めたのは、それらを一編として観るときにその強度の上に魔法のように「何か」が立ち現れる感覚が、古典戯曲のそれを彷彿とさせたからだろうか。
本作についての濱口監督に対するインタビュー記事をいくつか読んだが、それに寄与した要素の一つに、三宅唱監督や二ノ宮隆太郎監督と組んできた撮影監督の四宮秀俊氏のカメラワークがありそうだ。僕は感覚的にしか言えないが、一言で言えばその叙情性に魅せられた。また、ある重要な場面での岡田将生の演技が抜群に素晴らしく、翻ってそれを引き出した脚本が評価されたのだろう。

さて、濱口竜介の映画における「移動」は、その始まりと終わりで世界の何かが根本的に変化することを表象することが多い(そのため、自動車や電車といった移動体を引いて捉えてその移動を強調するカットの挿入がきわめて多い)が、本作はまさに変化のオンパレードである。が、主人公の家福が自ら運転するうちはその変化が見られず、みさきが運転するようになってから、すなわちハンドルを他人に預けてから物語が進展していくのが演劇的な作用と重なるようでおもしろかった。そういう「重なり」は、登場人物の行動と劇中劇のセリフの間にも何度も垣間見える。コミュニケーションの複雑さとドラマトゥルギーの明快さの両立こそが本作の最も秀でた点かもしれない。
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