SANKOU

ボクたちはみんな大人になれなかったのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

3.6

このレビューはネタバレを含みます

深夜の新宿で二人の男が酔っぱらいながらゴミ置場に倒れ込む。
そのうちの一人七瀬は完全に自暴自棄になっている。相手の佐藤は「人間の80%はゴミで、残りの20%はクズだ」と七瀬に答える。どうやらこの言葉を最初に発したのは七瀬の方らしい。
人生の折り返し地点を迎えた男二人の目から見る世界はとても暗い。
佐藤は20代の前半に運命的な恋をし、そしてその後の人生に長く尾を引くような失恋をした。
物語は2020年から始まり、1995年まで遡っていく。
だから後になってから分かることが多い。
佐藤はテロップを作成する映像会社に勤めているが、時代が遡るにつれて最初は狭いアパートの一室をオフィスにしているような小さな会社からスタートしたことが分かる。
明らかにオフィスは立派になっているのに、佐藤が一番輝いていたのは入社した直後だった。
皆最初は人生に希望を抱いていた。それが年を重ねるにつれて、社会の嫌な部分を見せつけられ色々なことを諦めていく。
物語が終わりに近づくにつれ、つまり時代が遡るにつれ、世界が光に包まれているかのように輝いて見えるのがとても切なかった。
特にかおりとの出会いのシーンが殊更輝いて見えた。
別れがきちんとした形で訪れるというのは、実はとても貴重なことなのかもしれない。
佐藤が恋したかおり、昔でいうペンフレンドになるのだろうか、雑誌の文通コーナーから交際に発展した相手なのだが、そのかおりが最後に佐藤にかけた言葉は「今度CD持って来るね」だった。
この別れが佐藤の人生観を大きく変えてしまったことが前半のシーンで分かる。
佐藤の胸にぽっかりと空いてしまった穴は塞がらない。
彼はその場の欲求を満たすための不誠実な恋を繰り返していたのだろう。
佐藤との結婚を真剣に考えていた恵が、「私の時間を返してよ!」と叫ぶ姿にはヒヤッとさせられた。
しかしどれだけ運命的な出会いだと思った相手でも、誠実ではない別れ形をしたならばそれは終わるべくして終わる関係だったのだと割り切るしかない。
なかなか客観的には考えられないのも凄く分かるのだが。
個人的には「フツーだね」という言葉でマウントを取ろうとしてくるかおりに好感を持てなかった。
自分が特別な感性を持っていることを誇示したいのだろうけれど、誰かの言葉を引用してさも自分の意見であるかのように語る彼女の姿が痛々しかった。
かおりが別れも告げず佐藤の側を離れた理由を色々と考えてみたが、ひょっとするとフツーの幸せを手にすることが恐ろしかったのかもしれない。
彼女が色々とコンプレックスの塊であったことも想像できる。
結局かおりは結婚して子供も作り、幸せそうな家族の姿をSNSにアップするようなフツーの生き方を選んだのが2020年の場面で分かるのだが。
フツーの暮らしというものがいかに貴いかは、後になって分かるものだと思う。
年を重ねなければ気づけない良さもある。
だから佐藤はもう戻ることのない日々を思い出しながら渋谷の街を駆け抜けるが、決して過去だけが輝いていたわけではない。
ボクたちは大人になりきれなかったかもしれないが、ここから見えてくる新しい景色もあるはずだ。
人生の折り返し地点にいる世代には、とても刺さる作品だと思った。
公衆電話がとても懐かしく感じた。
佐藤とは違ってずっと置いてきぼりの人生を歩んできた七瀬の存在が色々と胸に刺さった。
ふと過去を振り返ってみて、自分が残したものが何もないことに気がついた悲しみは想像するだけで辛い。
しかし七瀬もまだまだ人生の折り返し地点を過ぎたばかりだ。
佐藤と共に映像会社に入社した関口の存在も印象的だった。
佐藤とは違い、関口は泥沼の現状を打開しようと外へ飛び出した。が、彼も衝動的に行動を起こしてしまう人間で、果たして最後は幸せな道を歩めたのかは分からない。
何気にグラビアアイドルだった彩花が、「子供の頃、今の自分になりたいと思ってた?私こういう人間にはなりたくなかった」とこぼす言葉が一番心にグサリときた。
最初と最後に新宿の場面が二度描かれるが、初めは深夜とはいえ佐藤と七瀬以外に人通りがないことに違和感を覚えた。
そしてすぐに思い出した。
2020年は緊急事態宣言でどこも夜の街はこんな感じであったことを。
まだ先のことは分からないが、今は日常が戻りつつあり、夜でも新宿は人でごった返している。
こんな最近のことなのに、人は簡単に忘れてしまうものなのだと改めて実感した。
だから多分どんなことがあっても、人は前に進めるのだ。根拠は弱いかもしれないけど。
SANKOU

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