なお

浅草キッドのなおのレビュー・感想・評価

浅草キッド(2021年製作の映画)
4.0
"タップダンス"

名作・話題作今さら鑑賞シリーズ。
北野武(ビートたけし)が1988年に刊行した同名の自伝小説が元になっている。
自伝小説を元にしたドラマ作品は過去何作品か公開されているが、1本の映画作品としては史上初。

お笑い芸人を志し、浅草の演芸場・フランス座でエレベーターボーイを務めるたけしは、同劇場で皆から一目置かれる芸人・深見千三郎と運命の出会いを果たす。

後に「世界のキタノ」と呼ばれるほどの映画監督にもなるたけし。
この出会いをきっかけに、たけしは浅草を代表する伝説のお笑い芸人への階段を一気に駆け上っていく。

✏️笑われんじゃねぇ。笑わせるんだよ
自分の中での「ビートたけし」のイメージというと、毎週月曜夜8時、夕飯を食べながら見る『犬夜叉』と『名探偵コナン』のアニメの後に始まる「世界まる見え!テレビ特捜部」に出てくる、ピコピコハンマーを持った”面白いおじさん”という印象しかなかった。

だけれども、彼もかつては「ツービート」を名乗り活躍したお笑い芸人。
どんな人にも苦節の下積み時代があるということを、改めて知ることができた。

若き日のたけしと、その師匠・深見千三郎が放つ言葉のひとつひとつが「お笑い芸人とは何たるか」、そして「人間はどう生きるべきか」を語ってくれているようで。
もし自分が売れっ子のお笑い芸人を志す人間だったならば、本作は間違いなくオールタイムベスト級の名作にランクインしていただろう。

✏️人を「笑わせる」ということ
本作を見終えて、改めて今をときめくお笑い芸人の方々へのリスペクトが増した。
やはり、人の数ある感情、特に「笑い」を人から引き出すという技術に関しては、他のどんな職業人よりも高い能力とプライドを持っていると思う。

本作の舞台となった1970年代、お笑い芸人の社会的立場は今とは比べ物にならないほど低いものだった。
「あまり悪いことをすると吉本(興業)に連れて行くよ!」
「うわぁーん、母ちゃんゴメン!」
というやり取りが母親と子どもの間であったというほど、お笑い芸人とは「本当に何もできないヤツがなる職業」として見られていた。

劇中でも、たけしの仕事仲間である井上が、たけしに対して「大学中退して芸人かよ。もったいないな」と話す展開があった。

しかし今では、東大や京大、慶応早稲田にMARCHなどの人がうらやむ高学歴を取得した上でお笑い芸人を志す、いわゆる「インテリ芸人」が後を絶たない。
それほど、お笑い芸人という職業は、憧れの職業となりつつある。

ダウンタウンやとんねるず、ウッチャンナンチャンといった今をときめく大御所たちの活躍も大きいが、元を辿ればたけしのような「火付け役」がいたからこそ、現代のお笑い人気が醸成されているのかもしれない。

✏️スーパーサブ
本作では、たけしと千三郎以外の人物の活躍、もとい好演も光る。
ヒロインの千春を演じた門脇麦さん。
暗い過去を持ち、残りの人生に一種の諦観がありつつも、ステージに立つと艶やかで何とも色っぽい美人へと早変わり。
また彼女の魅力をひとつ発見できた。

放送作家を目指す井上を演じた中島歩さん。
自分が2年前から映画にハマってからちょいちょい見かけるこの方、やはりこういう怪し気な、というと語弊があるが、一筋縄ではいかなそうな人物を演じさせると右に出る者はいない。

☑️まとめ
そして迎えるエンドロール。
自分はどちらかというと本編を見ている時よりも、桑田佳祐さんの歌うテーマソング「Soul コブラツイスト~魂の悶絶」が流れている時にとめどなく涙があふれてしまった。

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幸せになれるワケないのに 何故イケナイ人に恋しちゃうんだろう?
この世はそれほど甘くはないのに
それでも明日はやってくるんだろう
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桑田佳祐さん独特のボーカルと、懐かしさと優しさで満たされたようなメロディー。
なぜだか心にグッと刺さるものがあった。

成功が約束されているわけではない、不安定なお笑い芸人という道をなぜたけしは選んだか。
そんな甘くない芸の道へ誘った千三郎は、どこにたけしの秘められた力を見出したのか。

本作ではそれらが仔細に語られることはないが、そんな途方もないことを考えさせられてしまうのもまた、「たけしからの挑戦状」なのかもしれない。

🎬2022年鑑賞数:89(37)
※カッコ内は劇場鑑賞数
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