ドリルで穿たれた頭蓋骨の孔を覗き込む目。そこから続く“孔”と“ドリル”のイメージと重なる“金環日食”と“螺旋階段”を含んだタイトルバックがカッコいい。この冒頭、よく見ると終盤で“真相”が明かされるシーンにおける演出の前振りにもなっている。
赤と緑の照明に彩られた画面がほぼ全篇に行き渡っている。だからこそ、その人工的な色彩が鳴りを潜める(普段の私たちが見ている)光景が逆に鮮烈に見える仕組み。“虚像”と“実像”をめぐる「今の自分に見えているのは何か?」という本作のテーマにも通じる演出なのである。
「己の欠損を埋めるために他者を求める」に加え、「その“欠損の補完”が歪んだものである」という自分好みの話であることは前提として、人間の心理の奥底にある“歪み”の種類はありきたりな印象。それでも“歪んだ”人間たちの動くビジュアルは良いもの観られたな、と素直に思う。
名越が最初に組長から絡まれるシーン。原作漫画だと、その時点で名越の見えている“組長のホムンクルス”のビジュアルが示されるけれど、映画では事務所でのシーンで初めてビジュアルを出している。これは「個人が見ている光景は決して共有できないこと」を表現しているのだろう。