わさび

竜とそばかすの姫のわさびのレビュー・感想・評価

竜とそばかすの姫(2021年製作の映画)
4.3
壮大なSNSの世界や、圧巻のベルの歌唱は映画館で観て正解。
一緒に観た夫は、ご都合主義の部分がいちいち気になって内容が入ってこなかった、歌も良さがわからない、となかなかの辛口。世の中でも賛否あるようだが、私にとっては良い作品だった。
美女と野獣のオマージュ、サマーウォーズのSNS世界や田舎の描写、時かけの甘酸っぱい青春、別監督の作品だが君の名はを思い起こさせるようなシーンもあり、鮮烈なオリジナリティというよりは、さまざまなエッセンスを折り混ぜた作品のように感じた。それ故の雑多さやご都合主義で話が進むところも感じたが、アニメ映画(というか、物語全般)にそこまでの整合性は求めなくても良いんじゃないかな、と思うし、エンタメ的にとにかく映像やベルの歌が良かったので多少気になるところは脳内補完で充分楽しめた。

⚠️以下ネタバレ⚠️






すずは周囲の人々に恵まれている。父親と上手くコミュニケーションが取れない状況下で、すずの事情を知りつつ見守ってくれている大人達がいたことに救われた(幸せって?に対して誰もはっきりと回答しなかったのも良かった)。毒舌な友人はすずを心配していたし力になってくれていた。途中、意地の悪い恋敵かと思われたマドンナも良い子だった(ラストシーン、ルカちゃんとヒロちゃんが笑って話してたのが良かった…)。過去のことで内向的になり過ぎて父親と上手くいかない、というのも、ある意味では健全な反応だったかもしれないと思う。すずが変に良い子を演じたりして周囲や父親にアピールしたりせず、塞ぎ込む姿を見せていたのは、悲しみや苦しみ表現する彼女なりの甘え方だったのではないかと思う。
後半、関係が希薄に見えた父親からの、すずに対するメッセージが良かった。かつての母親のように、自分の身を危険に晒してでも誰かを助けたい気持ちをすず自身が抱いたことで、過去の苦しみが昇華された。すずはもちろん苦しかったと思うが、すずの父親もまた、愛する妻を失い、遺された娘と上手く関係を築けず苦悩する1人の人間だと思うと、劇中繰り返されたあっさりした態度の奥に人間味が感じられ、繊細な年頃の娘に対してあれが適切な対応だったのかもしれないと思えた。
竜が戦っていた(というか追われていた)ジャスティンは彼らの父親かと思ったが、あれは父親=正義を振りかざして横暴に振る舞う者のメタファー的存在だったと解釈した。だから弟にとって竜はヒーローだった。ジャスティンに対してあなたは正義ではない、そのやり方には屈しないと言ったベル、脅しに使った手段をベルが自らに向けたことに驚いたジャスティン。手を振りかざして威嚇すれば弱い相手は屈すると思い込んでいる父親、それに屈せず真っ直ぐな瞳で跳ね除けたすず。子供はもちろん保護されケアされるべき対象であるが、いつまでも子供でいるわけにはいかないし、いつか乗り越えて強くならなくては生きていけない。暴力の渦中にいた少年たちにとって、そのタイミングがあのときであるべきだとは思わないが、いずれ通らねばならぬ道ではあったと思う。
ジャスティンや、ベルが現れる前の人気歌手、逆にしのぶくんのアバターなど、中身がどんな人間か知りたいものだが、そこを明かさないところに、SNSの秘匿性の高さのリアリティ、すずが自信を晒したことの勇気への説得力を感じた。描かれていた世界は最先端のSNSに見えて、一昔前のネットリテラシーの高いSNS(実名や顔を載せるなんてありえない)の空気を感じて少し懐かしかった。