これはいい映画でしたね。
派手さや華というものは一切ないけど滋味のある映画でした。笑えるしちょっと泣ける。ナチスやヒトラーを題材にした映画は数多くあって超真面目なものからB級C級Z級なクソ映画まで幅広く、もはや悪役としてのフリー素材感もある(それも善し悪しな気もするが)ナチスおよびヒトラーものの映画だが、本作『お隣さんはヒトラー?』に関しては格調高くメッセージ性が激強な映画というわけでもなくB級C級というほどくだらねーっていう作品でもなく、しかしバカバカしい軽妙な笑いがありつつも非常に現実的な結末に落着するのである。それはまぁいい映画だなぁ…ってしみじみしちゃうよ。
お話は『お隣さんはヒトラー?』というタイトルで何となく想像はできそうだが、主人公はホロコーストで家族を失いたった一人だけ生きのびることができたユダヤ人男性である。多分60歳そこそこくらいだろうか。映画はその男性がナチス台頭前に家族と楽しく暮らしている場面から始まるのだが彼を除く一家は全員ホロコーストの犠牲になってしまうわけですね。んでナチスドイツが敗北後に彼は南米はコロンビアに居を移し、決して癒えることのない家族を失った悲しみと共に孤独な隠遁生活を送っていたのである。そんな折お隣に引っ越してきた同世代の爺さんがいるのだが、タイトルにもあるようにそれがもしかしてヒトラーでは? となる怪しさ全開のジジイで、主人公は彼がヒトラーであると思い込んでその証拠を掴もうと奮闘する…というお話である。
設定だけを見ると主人公がホロコーストの生き残りという余りにも重すぎる設定なのでこれでコメディとか大丈夫なのか? と思ってしまうのだが、なんというか笑える映画としてそこのバランス感覚が凄いと思うのだがその一つとして本作でヒトラーぽいお隣さんを演じているウド・キアがあんまりヒトラーに似ていないというのがあると思うんですよね。その効果は結構バカにはできなくて、かつてヒトラーを演じた役者たちはそのほとんどが彼に似せようと努力をしていて、例えば『ヒトラー 〜最期の12日間〜』でのブルーノ・ガンツなんかは鬼気迫ると言っていいほどの熱演を見せていたが本作のヒトラー(ぽい人)はそこまでヒトラー感がない。もちろんシナリオ的にも本作のヒトラー(ぽい人)はいわゆるヒトラー南米逃亡説に基づいて造形されているので見た目がまんまヒトラーならそれはそれでおかしいやろがい、となってしまうのでヒトラーぽくないというのは意図的な演出なのだろうが、だからこそ笑える感じの作品になっているというところはあろう。要はそこが、いや主人公の願望混じりの思い込みでしょ? と観客が一歩引いた目で本作を観ることができるポイントになっていると思うんですよ。ホロコーストのサバイバーが主人公であるという設定なのにコメディ映画というのはチャレンジングというかむしろ無謀だろっていう感じなのだが、その辺りのバランスの取り方が非常に上手い作品だったと思う。
ヒトラー(ぽい人)の見た目だけではなく、主人公が隣人を(ヒトラーに違いない!)と思い込んでその証拠を手にするためにヒトラー関係の書籍を漁って様々な逸話をインプットし、どんどんヒトラーマニアになっていく様とかは正に陰謀論にハマっていく人という感じで実にブラックな笑いとして機能していたと思う。またそういう如何にしてヒトラーという存在を笑いに変えるかという苦心しているシーンがある一方で、ジジイ二人が一緒に女性に着替え覗くというような少年漫画のギャグみたいな実にバカバカしいシーンもあったりするのが本作の良いところだと思う。
そういった大仰ではない、むしろ下らねーなこれ! という作りも相まって映画としてはオチが特に響くようになっているのもお見事。どういうオチなのかは流石に伏せておくが、これが映画全体としては軽妙なコメディでありつつも、散々書いているように主人公がホロコーストのサバイバーであるということを踏まえると非常に芯が通った現代的なメッセージに収斂されていて素晴らしいんですよね。
ほんの少しだけラストの展開に触れるなら、ヒトラーが中心となってナチスドイツが行ったユダヤ人へのホロコーストはもちろんなのだが、それは正に今現在のイスラエルに対しても深く刺さるメッセージとなっているのである。もちろん、そこでシリアスさが前面に出てきたとしても説教臭さのようなものは一切ないのが本作のえらいところなのだが。
これはなんというか世界の奥行きを感じさせてくれる映画で良かったですねぇ。主演の生きのびたユダヤ人役のデヴィッド・ヘイマンの佇まいも非常に良くて、ちょっと川谷拓三ぽさがあるのも最高だったな。教養のあるインテリって感じじゃなくてその辺で朝から缶チューハイ片手にうろうろしてるジジイって感じがして凄く良かったですね。
いい映画なのでみんな観ましょう。