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アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイドのsomaddesignのレビュー・感想・評価

4.5
完璧な理想の伴侶は、結局鏡の中の自分でしかないのか

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博物館で楔形文字の研究をしているアルマ。お見合いパーティに参加した彼女は、ハンサムな男性に出会うのだが、不調に陥った男性は研究員たちに連れ去られてしまう。実はパーティそのものが実験で、アルマは研究資金を稼ぐため極秘実験に参加させられていた。彼女の前に現れたハンサムな男性トム。その正体は、全ドイツ人女性の恋愛データとアルマの性格とニーズに完璧に応えられるよう作られた高性能アンドロイドだった。
第92回アカデミー賞国際長編映画賞のドイツ代表作に選ばれる。

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近年ググッと現実味を帯びてきたAIとのロマコメ…かと思いきや、ドイツ映画っぽい哲学的な問いかけや暗喩、詩情に満ちたメルヘンなSFだった。
人間味や情緒に欠けるAIの欠陥と人間の対比が描かれるパターンと違って、終始人間側を不完全で不安定な存在として描いてるのが新鮮。

「ブラックミラー」みたいな、ちょっとだけ先の未来じゃなくて、2020年代現在を舞台にしてるのも面白い。とっくにコンピューターやアルゴリズムに支配された世界にあって、高度に発達したAIとの恋愛はすぐそこにある感じ。

これまでの作品でありがちだった「杓子定規なAIの応答に満足できなくなって、生身の人間の良さに回帰する話」じゃなくて、もっとこう…愛情とは、人間とは何なのかを問いかけるような映画だった。

アルマからしてAIとの恋愛に懐疑的。っていうか伴侶を求めてもいないって設定が新鮮。トムは完全にアルマ専用に作られたアンドロイドな訳で、不要だからって返品しても他の誰かに使い回せるわけじゃない。彼の肉体も記憶も消されちゃうわけで、彼との関係が深まるにつれて事の重大さが広がってく感じ。
トムがアルマの理想である以上、アルマ自身の延長線上の存在でしかない。「相手あってこその恋愛」って気づく一方で、やっぱりトムを手放せない。人を思い通りにできないのが人間関係だとわかっていつつも、トムがいてくれた方が幸せを感じちゃう。AIがより良い伴侶になり得る可能性と危険性の間で引き裂かれてくのが面白かった。

恋愛も含めて、誰かと一緒に生きることについての映画でもあったような。家族ができる幸せの一方、家族が重荷にもなる。幸せと不幸が表裏一体。

アルマは誰かと一緒に生きることに憧れつつも、それを叶えられなかった自分に負い目を感じてるのもいい。人づきあいが苦手なタイプじゃなさそうだけど、あるキッカケのせいか他人との距離を詰めるのに躊躇してる。
理想の異性と出会っても喜ぶどころか訝しむし、自分の理想がバレる気恥ずかしや、虚像に癒しを求めることに後ろめたさもある。自分の理想を他人が満たすことへの惨めな気持ちがリアルで、そう易々と満たされてたまるかって気持ちがトムに対する冷たい態度に転化するのもよく分かる。

自分にはアルマのお父さんがすごくよかった。
人生の最終盤に至って認知症の気配もあるせいで、娘たちから子供のような扱いを受ける始末。疎まれるくらいなら孤独死でいいから、ほっといて欲しい。
アルマはそんな父親に自分の老後を重ねちゃうから、自分は一人で死んでいいんだろか?とも思うのかもなあ。

観てる途中から「トムは本当はロボットじゃなくて人間でした」って超展開も予想してた。トム側を主人公として捉え直すと全然違う映画にも見える。相手の理想に合わせることだけが愛で、相手に振り回されるばかり。誰かの期待に応え続ける人生って労役で終わるんじゃ?と考えさせられた。だからこそロボットが担うのにうってつけなんだろうな。


劇伴がべらぼうにカッコいいので、サントラ欲しいけど売ってないぽい。
音楽を担当したトビアス・ワグナー……メモった_φ(・_・


余談)
監督のマリア・シュレーダーは俳優としても知られ、「Aimée & Jaguar」でベルリン国際映画祭、ドイツ映画賞、ババリア映画祭で主演女優賞を受賞。監督としても大活躍中で、最新作はハーベイ・ワインスタインのセクハラ問題を題材にした「She Said」を制作中。期待高まるー!


3本目
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