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アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイドのmidoredのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

楔形文字の研究者である独身女性が恋人型アンドロイドの使用実験に参加する近未来SFラブストーリー。一見ありがちな男女のラブストーリーなのに対物性愛の匂いがしたり、ほっこりすると同時に孤独が深まる不思議なお話でした。タイトルからは予想できないシビアな結論に痺れます。

まず、ロボットが最後までロボットです。怒りのデモンストレーションなどもしてみせますが、陳腐な人間化コースをたどることなく、最後の最後まで優秀かつ違和感あるアルゴリズムを貫いてくれます。新スタートレックのデータ少佐を超低スペックにしてジゴロ機能に特化したようなアンドロイドのトム。ラブシーンまで異様なのが最高でした。何をしているのか全く分かりませんでした。

そんなトムと自分の反応を研究者的な目線でモニターしつつ、ちゃんと恋愛当事者としても動揺する主人公も良かった。

とはいえ、主人公のモノローグにあるように、どんなに鮮やかな想像でも現実の恋人には触れられません。アンドロイドがどんなに人間を上手く模倣したとしても、どこまでいっても機械であり道具です。人ではないから他者たりえない。その意味では主人公にとってアンドロイドのトムは、初恋の想い出を歌う言葉であり、楔形文字で書かれた詩のような存在なんですね。

トムを迎えにゆく主人公は現実の恋人ではなく、トムの形をした恋人の不在をも受け入れているので、これはユートピアの形をしたディストピアなのではないかと思いました。

クリストファー・ロビンくらいの子供はワタの詰まった布袋だと分かっていてもプーさんと友達になれます。もちろん大人だってぬいぐるみに癒されてもいい。必要ならば超ハイテクな計算機とお喋りしたり、ロボット掃除機にポチと名づけて愛でてもいいのです。それでセロトニンやらオキシトシンが分泌して精神的な健康が保てるのなら禁止する理由はありません。それが想像力という能力をもつ人間の特権でもありますから。

ただそれが恋人となると、非常に孤独な楽園だなと思います。側からみれば最後の方にでてきた法律家と彼女ロボットのような物悲しい状況なわけです。テクノロジーが人を本当の意味で幸せにしてくれないと知っていても、テクノロジーが提供する快適さを捨てられない人類の弱さを感じます。

人類は都市化とテクノロジーによって日々能力を退化させ、孤独にもなっているので、主人公の物語はそのまま私たちの物語だと思います。幕が降りた後しばらく何とも言えない複雑怪奇な気分にさせられました。

個人的にはトムと主人公の幸せを祈りたい。年月がたてばトムに主人公の念がこもって付喪神になる世界線もありますし。これは日本人ならではの感性かもしれませんが。何にして良いSF映画でした。

メカもハイテク描写もほとんどなしにSF感を出している所にも感心しました。ゾンビとアンドロイドはローテクかつ低予算で異世界を演出する魔法の設定だなと思います。これも想像力のミラクルパワーです。
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