ambiorix

アンラッキー・セックス またはイカれたポルノのambiorixのレビュー・感想・評価

3.9
映えあるベルリン国際映画祭金熊賞受賞のロゴからセックスシーンへとなだれ込む凄まじいオープニングシーケンスを見るだけでも本作『アンラッキー・セックス またはイカれたポルノ』がどれだけふざけた映画なのか即座に分かろうてなものですが、日本で公開されたバージョンは監督のラドゥ・ジューデが修正を施した〈自己検閲〉版ゆえセックスそのものが画面に映ることはない。それでもエッチな喘ぎ声や猥語が挑発的なアジ文の後ろからガンガンに聞こえてくるので、「今日は家族みんなで『アンラッキー・セックス またはイカれたポルノ』を見るぞ!」という予定の人はあらかじめ注意が必要かもしれません。
映画は三部構成になっています。夫婦の営みをおさめた冒頭のプライベートビデオが何らかの手違いでインターネットに流出、その対応に追われ、ルーマニアはブカレストの街を右往左往する名門中学校の教師エミをドキュメンタリータッチのカメラでとらえたパートが第一部。本作がユニークなのは現実のコロナ禍の社会状況をフィクションの中に取り込んでいるところ。時にはエミを無視しブカレストのあちらこちらに好き勝手に首を振り向けるカメラのレンズを通して、コロナ禍で鬱屈する人々の余裕のなさや、それを象徴するかのような街並みのうらぶれっぷりをスケッチしていく。第二部は、ルーマニアの歴史やブラックジョークなどなど短い断章のコラージュ。のちに巻き起こる議論を予告するものにもなっています。
白眉はもちろん、ビデオ流出事件についての釈明を求められたエミと生徒の保護者たちとが校庭で対峙する第三部でしょう。誇張されているとはいえ、この保護者というのが本当にどうしようもないやつらで、本人の目の前でくだんのビデオを再生し批評を加える、セックスは卑猥だといって暴言を浴びせる(お前らはどうやって子供を作ったんだよ…😰)、あまつさえ関係のないユダヤ人やロマや性的少数者への差別発言にまで及ぶなどしてもうやりたい放題。各自が手前勝手に言いたいことをべらべら喋るだけで会話がまったく成立しないので、見ていてムカっ腹が立ってくる。なんだけど、同時にこの場面は、ルーマニア国民の極端な保守性に、ひいてはルーマニアという国家に対する痛烈なカリカチュアにもなっている。翻って日本の現状はどうなんだろう?果たしてルーマニアを笑えるだろうか?っていうのは、同じルーマニア製作のドキュメンタリー『コレクティブ 国家の嘘』を見た時にも感じたんですが、かの国には政治家のオトモダチ企業が優遇されまくるモリカケみたいなシステムがあったり、国民の政治に対する無関心さからくる絶望的なまでの投票率の低さが腐敗政権をばっちりアシストしていたりと、要するにほとんど日本なんですね。いやさ、あの映画に出てくる保健省大臣のような正義感あふれる政治家が矢面に立てない分、ことによると日本の方がひどいかもしれない。余談ですが、先日亡くなった安倍晋三元総理は、かつてのルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクと比較されることが多い人でもありました(ちなみにどちらも最期は銃殺)。じゃによって俺はどうしてもルーマニアの人たちにシンパシーを抱かずにはいられないし、この映画で描かれる人間の醜怪さを対岸の火事みたいなものだからといって簡単に切り捨ててしまうわけにもいかない。カッコつきの「正しさ」の仮面をかぶり、不寛容な態度や無茶苦茶な論理でもって一方的に他者を糾弾すること、こんな絵面はなにもルーマニアだけじゃあなく世界中にあまねく存在するわけで、陳腐なアナロジーですけどSNSの炎上事件やなんかにも通ずるところがあるのではないかと思います。
エンディングは親切なことに3パターン用意されています。1本目が一応のグッド…っていうか有耶無耶エンド、2本目はバッドエンド。でもって最後の3本目がとにかく痛快で、これまで卑猥なシーンの画面をことごとく覆い隠していた〈自己検閲〉のアレが外れた時、そこには何が映っていたか。ぜひみなさんの目で確かめてみてください。
ambiorix

ambiorix