三樹夫

ボーはおそれているの三樹夫のレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
3.1
実家に帰ろうとする主人公が次々理不尽な目に遭うホラーコメディ。ただしどう考えてもアリ・アスターのセラピー映画の一面もあるというか、私にはほぼアリ・アスターのセラピーにしか思えなかった。
アリ・アスターは『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』でも家族関係の傷を映画を作ることでセラピーしていた。『ヘレディタリー/継承』、『ミッドサマー』、そして今作と、映画を作る毎にどんどんセラピー度が増していっている。今作のセラピー度は半端ではなく、アリ・アスターの自己愛と自己憐憫が思いっきり感じられて気持ち悪かったし、終盤まではそういったナルシズムに本当にイライラして退屈だった。『ヘレディタリー/継承』127分、『ミッドサマー』劇場公開時141分、そして今作は約3時間とどんどん上映時間も増えていっているが、これは作品作るごとにアリ・アスターのナルシズムが増していった結果と思っている。この俺のセラピーを観客は受け止めてくれるというナルシズムと甘えがある。これは『ミッドサマー』の成功が悪い方に出たのかな。今作の本編約3時間はアリ・アスターの自己愛と自己憐憫の発露の結果で、ひたすら俺辛い俺可哀そうで時間が経つのが長く感じた。
森の劇団パートで「自分だけが不幸と思ってる?」みたいな台詞があったので、自身の自己憐憫に関しては多少は自覚しているというか、気にかけている部分はあると思うが、それを上回る程の自己愛と自己憐憫がある。

この映画は訳の分からん奴に理不尽に絡まれるのをホラーかつコメディとして作っており、笑えるところもある。類似作品で挙げられるのは、全体的には『シリアスマン』を想起するし、『シリアスマン』はアリ・アスターの好きな映画の1本でもある。また最初のアパートパートは『テナント/恐怖を借りた男』も想起する。しかし参考にしている『シリアスマン』の監督コーエン兄弟は冷めた視線で俯瞰してものを見るようなタイプに対して、アリ・アスターは俺が俺がの主観的なタイプで、そもそものタイプとしてこの映画の題材でのコメディは向いてないんじゃないのと思う。題材と丁度いい距離がとれていない。劇中起こる理不尽な出来事も最早何でもあり過ぎでバランス悪いのも、そういった所に起因しているように感じた。

主人公のあくまで主観的な印象や下手したら妄想という可能性もあるけど、母親は毒親と映画が始まった時点で既に分かる。第二幕の金持ち一家も嫌な親だった。基本的にアリ・アスターの映画では家族、特に親は嫌なものだったり呪いだったりするが、今作の主人公の母親は分かりやすいぐらいに毒親だ。こいつをぶん殴るかぶち殺すかしてくれれば本編3時間もいらねぇだろと思っていたら主人公が首絞めだして、やればできるじゃんと思ったけど、「ごめんなさい」じゃねぇ。アリ・アスターが自己愛と自己憐憫をこじらせてダメなのはそういう所なんじゃないの。まずせめて映画の中で毒親をぶん殴る所からのような気がした。そうじゃないと延々俺辛い俺可哀そう映画を作り続けてしまいそう。
主人公がずっとメソメソしてるのも、映画の俺辛い俺可哀そう感を高める要因だった。ずっとメソメソしてるのに、殺されそうになったらやたらパワフルになって全力で回避し生き延びやがる。こいつが殺されてれば映画もっと早く終わったのに。終盤は主人公がメソメソ出来ないほど訳の分からないことが起きるので良かった。『ヘレディタリー/継承』といい、屋根裏は危ない。
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