不乱苦

ボーはおそれているの不乱苦のレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
5.0
過去のアリ・アスター作品は未見。不条理な夢、不快な夢、謎の夢……目が覚めた時に「夢でよかった」と胸を撫で下ろすような嫌なことが次々と現実になったような映画。
前半、主人公ボーは数々の理不尽なトラブルに巻き込まれる。およそ想像し得る困り事の全てが、怒涛のように降りかかってくる。その後は、一度落ち着いたと思えば謎の転落……を繰り返しながら、やがて自身の身に起こったことの理由が、絶望的に突きつけられる。観ている間中、「これはボーが見ている夢なのでは」と何度も思うが、そうはならない。エンドロールを見つめながら呆然とせざるを得なかった。
評論家がボーについて「極度の心配性」と言っているが、そんなことはない。こんなことが起これば誰だって心配するし、誰だって怖がるような状況ばかりだ。
そして、意味不明で共感できる要素がない(宇多丸氏の監督へのインタビューで「母親の描かれ方がユダヤ人にとっては共感がある」というような話をしていたが)先の「夢でよかった」も含めて、実は「あるある」や共感の要素が非常に多い映画でもある。
まず、誰もが見たことのある「夢でよかった」と思える夢の描写に、非常に酷似しているパートが多い。話が横道に逸れていくような展開、実際にはいない自分の家族の登場、何故か殺し屋に追いかけられて逃げ惑う、記憶のどこかにいた女性とのセックス……完全にあり得なくないが、常識的にはあり得ないような展開が、夢で見たことと相似形になっている。
そして、ボーの抱く不安や恐怖も、先に書いたように非常に共感できる。何せ、「夢でよかった」と思うこととは、実際に起こったら嫌なこと、実際に起こったらどうしようと潜在的に思っていることの反映でもあるのだ。
それと、彼の母親の存在も、「子育てあるある」だ。子どもは、親のことなんて気にしちゃいない。しかし親は命懸けで全てを捧げる。子どもからの容赦のない仕打ちに耐えて耐えて耐え抜くしかない。とにかく愛情を注ぎ続ける「努力」をし、我が子を「愛さなければならない」を気を張り続ける。しかしそれは、一体この世の誰が理解してくれるのだろうか。この辛さに耐えきれない人間が、社会では事件の犯人へと変貌する。世の中で起こる「子どもが親の犠牲になる事件」に、世の親は深く傷つくとともに、「もしかしたら自分もそちら側に転げ落ちてしまうかもしれない」という恐怖を抱いている。あなたは「私は違う」と、心の底からはっきりと言えるだろうか。
あと、この映画について聖書のヨブ記云々というのはあまり関係ないと思う。ヨブ記云々の映画とはコーエン兄弟の「シリアスマン」のような映画のことを指す。

※町山智浩氏のYouTubeでの解説が、本作を好きな人も嫌いな人も必見の内容になっていますので、鑑賞後はぜひ。
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