拘泥

映画:フィッシュマンズの拘泥のレビュー・感想・評価

映画:フィッシュマンズ(2021年製作の映画)
4.6
まず映画としてはこんなスコアの映画ではないと言っておく。そこまで優れたドキュメンタリーではない。だが受けた感動と尾を引く喪失感を以って、単純な感情からこのくらいの点にしたい。
私はこういう映画,特にバンドの映画は,外の人間として観に行くことにいくらか抵抗を持ってしまうタイプだ.しかも音楽をディグることに全然時間を使って来なかった人間で好きな音楽家と言われればBeethovenとRadioheadぐらいだからほぼ外に決まってる.特に邦楽の方などまるで聞いてこず,好きな人は強いて言うなら中島みゆきぐらい.そんなだからフィッシュマンズなんてまともに聞いてきたわけもなく,かつて教えてもらいサラッと一聴したことはあれど「レゲエ〜綺麗〜良いっすね〜ハマらんけどもね」とスルーしておりました.したら映画になってるんで,せめて世田谷三部作ぐらいは全部聞こうと手を出したんですよ.内一枚は長い一曲らしいから後に回して,空中キャンプ,宇宙 日本 世田谷,やっぱりRadioheadみをかなり感じさせて良いけど,一聴して食らったのはIN THE FLIGHTとWALKING IN THE RHYTHMぐらいてな感じ(私はバカなので一聴で分からない).これはこの先も聞けそうだなと思ってそんで最後,じゃあLONG SEASON聞くか〜ポチ,は???男達の別れ版ポチ,は???これが私の一番好きな日本産の曲がLONG SEASONになってしまったみっともない経緯である.
斯くして急遽この映画が日本一好きな曲を作ったというバンドのドキュメンタリーになってしまったので,ファンでもなんでもない立場でありながら恥を忍んで観ることにした.そしてフィッシュマンズのこと何も知らなかったので,初めて知ったその悲しい運命に,ファンでもなんでもないくせに普通に泣いてしまいましたすみませんいや泣くだろ.メンバーの一人が「最初のレコーディングが本当に楽しかった」と言っていたことが伏線になる物語なんて辛くないはずがない.佐藤伸治は映像を見れば見るほど「浮世離れした感じの良い能天気で天才のあんちゃん」でありそうなもんだが,決してそんなことはなかったらしい.そうであったならどんなにか良かったか.しかし天才であることだけは疑いようがなく,売れないままにどんどんと深淵へ向かっていき,深い芸術へ成れば成る程に,一人また一人と離れていく.LONG SEASONに居場所はなく,IN THE FLIGHTに介入の余地はなかったと,その二曲に食らってしまってここにいた自分は目を伏せかけた.
声も変な踊りもバンドの形も曲のイメージもRadioheadに似ていると思ったが結果は正反対だ.Radioheadにはトム・ヨーク以外にもジョニーという天才がいるし,この人は曲のためとあらば平気でギターを捨ててレモンのマラカスを振る男だ.そして何より彼らは,呪われた形とはいえ,デビューから売れることができた.今は世界的なバンドだ.
さて孤高の世界にいながら「バンド以外ありえない」と感じる余りな切なさを持ち合わせる彼が「どうせやめますよ」と言って作っていた壁を,漫画や映画のように誰かが飛び込んで破壊するなんて現実には簡単な話じゃない.ドアを開けた先の眠たそうな空気が好きだと言った,そのドアの「外」で思った10年後のこと,結局「誰が残っているのか」と言いながら歌うしかなかったIN THE FLIGHT,流石に泣いてしまった.あんまりじゃないか.きっと例に漏れず色々な物を抱えながらそれでも最後まで必死についていったのであろう茂木欣一が,詩の意味を今なら聞けるのにと回想していた.結局聞き出せないままに,その音楽を本人不在でもう一度やろうととすることにどれだけの葛藤があるだろうか.俺がリアルタイムのファンだったらを考えたら,絶対にそんなライブ行くわけがないし何なら許せるわけがないって簡単に分かるもん.出来るわけないんだよそんな事普通は.それでもやる佐藤伸治への思いは凄えよ.この男でけえよ.茂木欣一クソでけえよ.20年後,最後まで離れなかった男が繋いだ息吹,何人残ってるかどころか増えてるじゃないか.これはあなたがいなくなったからではなくて,あなたがいてくれたからなんですよ,などと外から恥も忘れて言ってしまいたくなったところでこの作文は終了.
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