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戦火のナージャのodyssのレビュー・感想・評価

戦火のナージャ(2010年製作の映画)
4.5
【映画を見る愉悦】

映画を見る愉悦、それをミハルコフ監督ほど味わわせてくれる人はそうそういません。

この映画も、スターリニズムや独ソの悲惨な戦争を扱いながら、しかし決して世の中の残酷さや不条理さを観客に押しつけてくることがない。悲惨な内容を見ながら、それでいて楽しいのです。

単純に考えれば、スターリニズムの粛清や、多数の犠牲者を出した独ソ戦や、粛清によって追われて目立たぬ軍隊に逃げこんだコトフ大佐や、その娘のナージャの流浪の人生は、「愉悦」という言葉とは結びつきません。
けれども、ミハルコフ監督の独特の映画作法は、悲惨さの中のユーモア、殺戮の中の人間くささ、緻密な計画の中の(滑稽な)凡ミスや歯車の狂い、といったものを忘れません。人間讃歌と言ってしまうとすごく単純で楽天的な、武者小路実篤(笑)的な世界になってしまいそうですが、ロシアという広大な大地の中で人間を見つめていると、こういう視点の大きさ、矛盾をも楽しんでしまうおおらかで重厚な姿勢が生まれるのかなあ、と思えてきます。

住宅、船、海、草原、教会といった場所の表現が、何気ないように見えて必ずミハルコフ監督の刻印を帯びており、そこに紡がれる物語の魅惑的な下支えを形成しています。ちょっと見るだけで映画世界の中に引き込まれてしまう。こういう監督はめったにいません。
映画監督に生まれついた人、私は彼をそう呼びたいのです。

『太陽に灼かれて』はずいぶん以前に見たので、内容は覚えていません。この映画も、むしろ独立した作品として鑑賞しましたが、さすが、という言葉がまず浮かんできました。私はむかし『黒い瞳』を見て以来、ミハルコフ監督には無条件降伏の人なのです(笑)。
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