ジャン黒糖

コーダ あいのうたのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.7
予告編観るだけで泣きそうになってしまった『コーダ あいのうた』観ました!
結論から先にいうと、今年早くもマイベスト3は間違いない、大好きな映画でした!!
後述するけど、とある理由のため、これはぜひとも円盤が出たら購入したい!!!

【物語】
家族で漁業を営むロッシ家は父母、兄ともに聴覚障害を持ち、娘のルビーだけが聴者。
漁に出るにも、組合と交渉するにも、家族はルビーに頼りっきりだったが、ルビー自身は所属する合唱部の顧問先生から歌唱能力を見込まれ、バークリー音楽大学への推薦を打診される。
果たして彼女は、音楽という、ろう者の家族には理解されない世界へと進むべきか、家族のサポートを続けるべきか…。

【感想】
映画を観ている最中、わりと何気ない前半のシーンから涙腺を刺激されてしまった。
なんならもう映画後半は劇場内で落涙を禁じ得なかった。
それぐらい、この映画の世界観に引き込まれてしまった。

本作を手掛けたシアン・ヘダー監督の初映画作品『タルーラ ~彼女たちの事情~』を観た際、主人公らが自身に求められるロールに対する外的圧力のなかで自分なりの自由意志を模索する姿が印象的だったけれど、本作も同様だった。

稼ぎが保証されない仕事のため、家族は手話通訳として外部の人を雇うことも難しく、CODA(Children of Deaf Adult/sの略で、ろう者の親を持つ子供)として生きるルビーに”通訳”としてのロールを求められる。
しっかり者のルビーは、自分がいないと家族は漁業を続けることが難しいことを理解している。

しかし、彼女は映画冒頭から歌を歌うことが好きであることがわかる。
そんな彼女の才能が先生から認められたとなれば、彼女は家族の”通訳”として支え続ければいいのか、自分のやりたい歌唱への道を歩むべきか苦悩するに決まっている。


家庭環境を理由に本来大人が担うべき家事・仕事におけるロールを子供が担う、いわゆるヤングケアラーをめぐるトラブルは、なにも本作で描かれるCODAに限らない。
共働きで不在の親に代わって兄弟の面倒をみる兄・姉、経済的理由から家計を支えるために親に代わって働く子供、介護を必要とする親をサポートする子供…など事情は様々ある。
子供ながらに背負う責任の重さは想像するに厳しく、少なからずトラブルが起きることがあるという。
そんな彼ら子供たちが子供らしくあるためにも、願わくば周りの人たちの支えが求められる。

本作の場合、音楽の先生であるV先生と、なによりロッシ家のみんなの存在が大きい。

V先生は、出会ったときからぶっ飛んだ調子だけれど、あくまで先生という立場からルビーの才能を引き出そうと情熱を注ぐ姿が良かった。
ここでいわゆるお涙頂戴の話であれば、もしかしたらV先生はルビーの家庭問題に深く突っ込んで解決のサポートをするのが定番に思う。
しかし、本作の場合V先生はずっと音楽を通してしかルビーとコミュニケーションを取らないし、家業の手伝いを理由に何度も遅刻する彼女を叱るときには家庭の理由を聞こうともせずあくまで音楽の先生と生徒としての間柄でいる。
それでいて、歌い方の指導は常に的を射ている。
さすがに終盤のとある展開では、ちょっと感動演出狙い過ぎ感否めないけど、小~大型犬のクダリとかよかったのでオールオッケー!!笑


そしてロッシ家のみんなですよね。彼らがとにかくいい。

まずお母さん。
テレビの取材が来ると知って過剰に色気を出すあたり、「お母さんなにやってん…」と笑わずにいられなかった。笑

予告編でもあった、ルビーに対し「あなたが耳が聴こえるとわかったとき寂しかった、わかり合えないと思ったから」と語る場面では、どうせ「でも、そんなこと全然なかった。家族なんだからor愛しているから」とか、いかにもお涙誘うセリフがそのあとに待っているんだろ、とタカをくくっていた。
ところが、この場面は「でも、」と続かない。
ルビーとお母さんの、切っても切れない親子の絆を感じる、とても自然な場面でもうこの場面とかずっと泣いてたな。


そしてその感動に畳みかけるように続くのが兄との場面。
こちらも予告編にあった「家族の犠牲になるんじゃねぇ!」、もう涙腺決壊でした。
「任せろ、こう見えても兄貴なんだぞ!」お兄ちゃーーん…!!!!!泣
それでいてこの場面もまた、最後にはお涙誘うようなウェットなことはせず、あくまで妹と常日頃から互いに憎まれ口をたたき合うお兄ちゃんだからこそ出てくる、あえて突き放すような言葉で泣いたなぁ…。

このお兄ちゃんとルビーの、手話を用いたからかい合いの場面では、自分自身手話はわからないけど表情と仕草だけで言い合っている様子が伝わってよかったぁ。

ちなみに本編関係ないけど、このお兄ちゃんを演じたダニエル・デュランさん、『シング・ストリート』で主人公のお兄ちゃんを演じたジャック・レイナーさんに顔がなんとなく似ている気がして、途中までこの役は聴者の人が演じていると思っていたけど違いました!


そしてお父さんを演じたトロイ・コッツァーさん!
彼もまた、手話はわかんないけどド下ネタ言っていることがわかるほど、下品な雰囲気が伝わって、ルビーがデュエットの練習で家に招いたマイルス(を演じるは『シング・ストリート』のコナーこと、フェルディア・ウォルシュ=ピーロさん!)にとあることを伝える場面とか笑ったなー笑

映画全体に漂うユーモアと、社会を生き抜く切実さと、娘を想う温かい気持ちが複雑に同居するお父さん像を見事に演じられてて、映画的実在感ともいうべき、良い役どころだったなぁ。


また、このろう者である3人は、劇中それぞれに、障害を持っているがゆえの社会とのコミュニケーションの断絶を3人が感じる場面が配されており、いずれも印象的。
お母さんであれば漁師の妻同士の井戸端、お兄ちゃんであれば同僚に誘われ行った先の飲み屋。
それぞれに、耳が聴こえないことによるコミュニケーションの断絶が描かれる。

そして特筆すべきはお父さんの感じる社会との断絶シーンですよね。。
娘の晴れ舞台を喜ばしく思いながらも、ろう者であるがゆえに距離を感じてしまう場面は、思わず劇場で息をのみながらもここでも落涙してしまった。
そうだよね、、お父さんにはこう見えているんだよね。。


ろう者として社会生活を送るうえでハンディのある彼らと、CODAとして生きるルビー、それぞれが互いに支え合っていく姿はとても感動的で、だからこそ映画ラストには温かい感動の余韻が残る。
最高でしょう。


ここまで特に触れていなかったけど、主人公ルビーを演じたエミリア・ジョーンズさんの素晴らしさはいうまでもない。
不満があるときの表情がなんとなく、スターウォーズでレイを演じていたデイジー・リドリーっぽいというか、ちゃんと芯のある女の子の役を演じていて、彼女の力強い目力と、まっすぐな想いが画面からビンビンに伝わってくるからこそ、映画にグイグイ引き込まれるし、鑑賞後には元気をもらった。
泣ける予告編でも流れていた、ジョニ・ミッチェルの名曲”青春の光と影”を歌う場面では、ルビーの魅力120%で歌いあげるどころか、手話も加わって、本当役者ってすげぇなぁ…!

あと、挙げたらキリがないけどシング・ストリートの彼とルビーが背中合わせに歌う場面とか、そのあとの外し含め、とにかく最高だったなぁ!


という訳で、これはもう劇場でもうボロボロと泣いてしまうほど感動してしまい、大大大満足だったし、本作を観る前に『タルーラ ~彼女たちの事情~』を観たことも相まってシアン・ヘダー監督作品が大好きになった!

なので不満とか全然ないんだけど、ひとつ小さな気になった点として、この映画に、CODAであるルビーと、彼女を取り巻く家庭環境、以外の要素を期待してしまうと、そこは若干物足りなさを感じてしまうのではないかなーという点。
どういうことかというと、平たくいえば”学園青春モノ”を期待するとそこは若干肩透かしを食らうぞ、というか。

たとえば、ルビーの所属する合唱部は基本的に、彼女が想いを寄せるマイルスとルビーぐらいしか焦点が当たらないけど、他の生徒たちもいい感じにキャラが濃そう(アダム・ディヴァインに似ている彼とか、やけに身長の高い彼とか、リズム感が過剰な彼女とか!)なので、彼らとの部活動をもう少し観たかった…!
また、マイルスとのデュエットも、それまでのドキドキの上げ方がよかったからこそ、本番の様子が気になった…!(けどここはサントラで補完!)
あと、ろう者の家族を持つルビーをランチルームなどでおちょくってくる生徒たちとか、わざわざ描いたわりには後半別に出てこない…。

というように、ルビーが対峙すべきコミュニティの外の世界の人たちとの描写の淡泊さは若干気になったものの、あくまでタイトルにもあるとおり”CODA”を描いた話なので、これはむしろ焦点を絞った結果とも思える。

シアン・ヘダー監督作は、ある社会構造のなかで自身に求められるロールに対する圧力のなかで自由意志を貫こうと模索する主人公が描かれるのが共通しているように思われる。
そのため、上記合唱部の他の生徒の話や、マイルスとの恋模様、嫌味な女子生徒たちなど、ルビーの外の世界にまでひとつひとつしっかり伏線にオチを付けて描こうとすると、それこそお涙頂戴的な、作劇的な意図が見えてしまうような、映画のスコープがボヤけてしまう気もする。
なので、CODAであるルビーと、彼女を取り巻く家族という構造のなかの話、というようにある程度物語世界を狭めて語られる分、本編としては大大大満足っす。

ということで、これ、合唱部の彼らとか、合唱本番の詳しい様子とかは、ぜひとも特典映像未公開シーンとして観たいなぁと。
アメリカではApple TV配信となった本作だけど、これはぜひとも豊富な特典映像込みのBlue-rayで欲しい!!
それぐらい大大大大満足な一本でした!
ジャン黒糖

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