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そして、バトンは渡されたのnetfilmsのレビュー・感想・評価

そして、バトンは渡された(2021年製作の映画)
3.5
 前作『老後の資金がありません!』がコロナ禍で公開が遅れたことで、新作である今作と何とほぼ同時公開となり、図らずも監督である前田哲祭の様相を呈した全国のスクリーンを見て、前田監督の喜びもひとしおに違いない。本屋大賞を受賞したという原作は未読だが、みぃたん、梨花さん、優子、森宮さん。映画は開巻から4人の登場人物を順番に紹介しながら、あらすじを手繰るようにゆっくりと進行する。4人の挿話は時系列的には同時進行のような印象を持ってスクリーンを眺めていたが、その4人のうちの2人が実は同一人物だとわかる瞬間はカタルシスに溢れ、正直言って驚いた。誤解を恐れずに言えば、この物語は決して映画向きではない。小説的な時節の移動は映画では同じように描くのは難しいが、監督は回想シーンをあえて回想シーンだと思わせないように演出する。ボーイ・ミーツ・ガールの瞬間はいつも思いがけなく美しい。それはピアノの鍵盤が奏でるドラマチックなメロディのようでもある。

 『老後の資金がありません!』同様に、不器用な親の姿が子供にも見事に伝播する。作り笑いを覚えた森宮優子(永野芽郁)が高校で思うように友達が作れない姿は、義父の森宮(田中圭)の会社でのスタンスにそっくりだ。もう何年繰り返しているかわからない2人っきりの食卓。優子は義父のことを「お父さん」と呼ばずに「森宮さん」と呼ぶ。そのよそよそしい呼び方とは裏腹に、義父の一生懸命作った料理は優子の胃袋を優しく包み込む。どこまでも不器用で要領の悪い父娘とは対照的に、どこで2人と結びつくのか皆目わからない梨花(石原さとみ)はしたたかな悪女として描かれる。彼女が様々な男たちをとっかえひっかえ渡り歩く様はわらしべ長者そのものであり、そんな生き方ではいつまで経ってもゴールには辿り着かない。冷凍食品を温めることしか出来ない不器用な母親と純粋無垢な子供との対比。2人は誰よりも息が合っているように見えるのに、娘の幸せよりも自分の幸せを追い求める今どきの身勝手な母親の姿に思わずため息が出る。

 今作の2人のヒロインのうちの1人である梨花の恋愛遍歴の旅は、優子の愛情探しの旅と等しく結ばれる。それは一瞬の刹那とも言うべき青春時代を悩み苦しみながら生きる優子と同じ時間を、段々年老いて行く梨花も生きて行くことと同義だ。そして娘の幸せを願う森宮の裏には中盤以降、同じように優子の幸せを心から願う人々がいることが明かされ、思わず涙腺が緩む。優しく美しい映画だ。優子と彼女の愛する人との道行きは、誰かを想う声なき声を拾う旅でもあるのだ。前田監督が前作『老後の資金がありません!』と今作で取り上げるのは、新しい家族の多様な在り方に他ならない。だが前半から丁寧に紡いで行った物語は、ある「真実」を明らかにした辺りから途端に失速し始める。前田監督が新しい家族像を提示しようと意気込めば意気込むほど、それまで丁寧に紡いでいた映画のフォルムは少しずつ歪な姿を現す。後半30分は映画的カタルシスに乏しく、まるで「感動ポルノ」で随分勿体ない。映画は優子が歩いた20年を走馬灯のように激しく駆け足で駆け抜けて行く。これから先の人生の方が遥かに厳しく長いはずなのに、まるでフィナーレのような万感の思いを込めて紡がれるのが会社の要請なのはわかるが、どうにも腑に落ちない。重ねて申し上げるが前半90分は文句なしに素晴らしく、何とも勿体ない。
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