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わたしは最悪。のumisodachiのレビュー・感想・評価

わたしは最悪。(2021年製作の映画)
4.8
アカデミー賞の脚本賞および国際長編映画賞にノミネートされているノルウェー映画。『テルマ』のヨアキム・トリアーの最新作。

能力は高いが、自分が何をしたいのかがいまいちピンときていないユリヤ。30歳になった彼女はグラフィックノベル作家として活躍する年上の恋人と良好な関係を築いているが、子どもをつくり身を固めたい彼と意見が対立しがち。そんなある日、紛れ込んだ結婚パーティで出会った男性と強烈に惹かれ合い……。

こうやってあらすじだけを抽出すると、ベタな恋愛映画みたいだな。実際は全然違う。Amazon Primeで観られるドラマ『Fleabag』を彷彿とさせる作風で、客観的に見ると倫理観がバグっているひとりの女性の主観を通じて、ままならない人生を笑いと苦しみとイマジネーションで見事に綴った傑作になっている。

ユリアは「何者かになりたい/何者かになれると信じている」けれど、「何がしたいのかわからない」女性。すでに「何者か」である年上の恋人との関係に満たされながらも、すでに彼が手にしているものが眩しくて羨ましくて仕方がなく、自己嫌悪を払拭することができない。そして、社会的に押し付けられる役割(女性/母親/大人といった)に直感的に反発してしまうタイプ。

衝動のままに行動することに抵抗がないように見えて、実際は一般的な倫理観もわかっているので開き直ることもできない。思いのままに行動できた瞬間はこの上ない快感を味わうが、そこからすぐに窮屈な後悔へと転落する。そして、自分自身を苦しめるジレンマやその矛盾も自覚している。

……と、これはユリアという人物を私なりに咀嚼した印象なのだが、読んで思わなかっただろうか?「これ、私じゃない?」って。

「世界で1番悪い人間」というタイトルは、実に意味深い。誰かにとっては聖人のような人間も、誰かにとっては殺したいほど憎い相手かもしれない。ユリアは決して悪い人間ではない。誰かを陥れようとも利用しようともしない。私たちと同じように罪悪感も覚えるし、後悔もする。愛を示してくれない父親に対しては心を痛め、ある程度の分別だってある。でも、彼女は酷いこともすれば、酷いことも言ってしまう。

本作はユリアの横顔で幕を開け、何度も何度も横顔のショットが出てくる。同じ人物でも、正面から見た印象と横から見た印象は違うものだ。

それはユリアだけに限った話ではなく、包容力がありユリアをとことん愛してくれる年上の恋人だって、誰かにとってはクソミソジニー野郎に見えるということを示すシーンもある。人間にはさまざまな面があるし、どの瞬間のどの立場から見るかによっても印象は180度変わりうるのだ。
BestとWorstは背中合わせ。それは、あなたにも私にも当てはまる真理のはず。

『Fleabag』では、第四の壁を超えることで普通の物語の枠組みを超えていた。本作は、もっと色々な手法、予測がつかないタイミングで物語の枠組みを超えてくる。最高にテンションが上がった瞬間も、人生で最もロマンチックでエロチックな瞬間も、耐えられないほどの苦しみも、いいようのない苛立ちも、全部詰まっている。ときどき逸脱する演出は観る者をその場から浮き上がらせ、無限の精神世界へと誘う。

人生は最高で最低だ。私は最高で最低だ。本作を観ながら、これまで「選んできた/選ばなかった」さまざまな選択が、これまで「言ってしまった/言えなかった」言葉が、洪水のように襲ってきて苦しかった。あのときに傷つけたあの人、あのときにああしておけば掴めたかもしれない未来。そして、どんなに思いを巡らせても自分自身で責任を持つしかない今の現実。

人生はいつだってやり直せると言うが、それはある意味で本当であり、ある意味で間違っている。私には3歳年下の幼馴染がいて、幼稚園から小学校くらいまではとても親しく遊んでいた。しかし、12歳くらいで思春期に差し掛かると、私は急に彼女と遊ぶのが退屈に感じるようになった。子どもっぽくて苦痛だったのだ。それでも「あやちゃん、あやちゃん」とまとわりついてくる彼女に対して、私はある日ついに「〇〇ちゃんと遊んでも全然楽しくないの!」と言ってしまった。あのとき彼女の顔に浮かんだ絶望の表情は忘れない。すぐに私は深く後悔したが、後の祭り。思わず口から出てしまった言葉は決して「なかったこと」にはならず、私が彼女を傷つけた事実は永遠に消えない。あの日以来、私は二度と彼女と遊ぶことはなかった。あの日のことを思い出すと、今でも心が千切れそうにつらいし、消えてしまいたくなる。でも、あのときの彼女の方が何倍もつらかったはずだ。

あのときの私は「The worst person in the world」だった。過去には戻れないし、失ったものは取り戻せない。でも、あれから私は「一度口から出てしまった言葉は消せない」という教訓を胸に生きることはできた。人生はいつだってやり直せるというのは、あくまでもこれからの未来に向けたメッセージだ。

ユリアは何度も不適切な行動をとるし、言ってはいけない言葉だって口にする。軽やかな笑顔や奔放な生活の裏では、迷いと後悔に苛まれ、這いつくばる様に苦しんでもいる。満身創痍でフラフラになりながら、色々な人を傷つけ、色々な人に傷つけられながらも、私たちは未来を見据えて最高の人生を目指すことができるのだ。

なお、全体としてはコメディタッチで笑えるシーンもかなり多いし下ネタだらけ。特にユリアが年上の恋人に別れを切り出すシーンには思わず爆笑。ファンタジックな演出や、ナレーションとセリフの意図的なズレ、下ネタ多めの笑いなどでこちらのペースを攪乱しながら、最終的にかなり深く重い部分にまで連れて行ってくれる脚本は超一級品。ぜったいに観てほしい作品。
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