ベルベー

アリスとテレスのまぼろし工場のベルベーのネタバレレビュー・内容・結末

3.7

このレビューはネタバレを含みます

やっぱり岡田麿里は異常なクリエイターだよ。褒めてるしdisってもいる。代わりのいない唯一無二の作家。全然好きな話じゃないけど、ここまでの表現力を見せつけられたら降参するほかない。

岡田麿里、「10点満点中1点から10点全部を取る可能性のある数少ないクリエイター」だと思っていて。あんまいないと思うんですよね、9点8点も沢山出すのに2,3点以下の駄作も数多いし、と思えばめっちゃ無難な点数の作品もある人。手掛けている作品が多いというのはあるけど、それにしても。

例えば監督前作の「さよならの朝に約束の花をかざろう」や「とらドラ!」は大傑作だと思う。「心が叫びたがってるんだ。」や「空の青さを知る人よ」も(「どらドラ!」ほかと同じく監督の長井龍雪の力と切り離すのは難しいが)秀作。おとめ妖怪 ざくろ」や「selector infected WIXOSS」は地味だけど良作。

一方で、「荒ぶる季節の乙女どもよ。」を代表するようにクセが強すぎて好みが分かれる作品も多いし、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」は目指したものは理解できるけど出来上がったものは正直厳しい代物だった。「フラクタル」「黒執事II」に関しては、それぞれ事情はあったにせよマイオールタイムワーストと言わざるを得ない。とにかく振れ幅が凄いのだ。

それが更に如実に表れたのが「あの花」だと思っていて。この作品、普段はそんなに面白くないしドン引きポイントも多々あるけど瞬間最大風速的に10点満点叩き出すアニメなんです、個人的には。最早作品別で面白いつまらないとかじゃない。作品内で面白いつまらないが混在してる。

で、今回の「アリスとテレスのまぼろし工場」。111分の中で面白いつまらないエモいドン引きが乱高下する、岡田麿里らしさが凝縮された怪作だったのである!まずキモいかキモくないかで言ったら、とてもキモい。

ヒロイン含めた主要登場人物が幼女を監禁してロクに教育も風呂さえも用意せずに成長させた、が前提のストーリー!本意ではなかったとか逆らえずは言い訳にならないギルティさだろ!!もうこの時点で大嫌い、評価に値しないと憤る人がいても仕方ないと思うもん。無理に評価しろなんてとても言えない。

あと前半がいくらなんでも単調すぎ、岡田麿里の中では成立している見伏市のSF設定を観客に咀嚼させることに完全に失敗しているので、観ていてしんどすぎる時間は決して短くない。劇場に来たことを後悔するレベルに退屈な時間が、本作にはある。

しかし困ったことに、劇場で観て本当に良かったと感じる素晴らしい瞬間も沢山ある映画だ。そしてそれは、岡田麿里だからこその素晴らしさだと思う。

特に正宗と睦美がキスするシーンは本作のハイライト。咽せるほど生々しい「匂い」そして「性」の強調。前半からフルスロットルなせいで置いていかれ、ネガティブに感じてしまった岡田麿里の個性が、一気にポジティブな魅力、美しさに転じる。生々しくてファンタジックで、優しくて残酷で切ないキスシーン。岡田麿里じゃないと書けないし描けない瞬間だった。歯が当たって失敗する様子にあんなに時間割くのアニメ業界で岡田麿里だけだと思うけど、でも絶対必要だもんあの時間。

あと、列車の上での五実に対する睦美の言葉。これは筆致に圧倒されたな。要は母親の娘に対する勝利宣言だからね。「娘が父親と母親の間に割って入ることは永遠にないから!その意味ではお前仲間はずれだから!」っていう。でも逆に、娘には自分達とは違う出会いが沢山あるんだよという叱咤激励でもある。

この発想、他のクリエイターからは出てこないでしょう。心の奥底で同じようなことを考えている人がいても、対外的に表現しようとまで思う人がいるかどうか。ところが岡田麿里はかなり力の入った大作アニメ映画で、大スクリーンでそれをやる。気持ち悪いと思う人がいようが知ったことか、これが自分だと。

著作物の定義って「思想又は感情を創作的に表現したもの」なんですよ。だから岡田麿里はその意味において圧倒的な力を持つ、クリエイターとしてあまりに正しいクリエイターだと思いました。だってその表現力が抜群にある。だから共感云々正しさ云々抜きにして圧倒されるほかない。

そして岡田麿里、時流と思いっきり逆行してジェンダー差、男と女の違いを思想と感情の根幹に配置するクリエイターでもある。だから男→女にせよ女→男にせよゾッとするような性的な台詞、挙動が頻発する。正直、岡田麿里が男性だったら今のような賛否両論には止まらず、猛烈大炎上必至だろう。そして彼女は恐らくその点にも自覚的だ。そこに共感はできないのだけど、ジェンダー差に根差したこの表現力を認めないわけにはいかない。

表現力で言うと、物語やセリフの力は勿論、アニメーションとしての表現も秀逸だと思うんですよね本作。まぼろしの世界と現実世界がひび割れを通して交差するのを視覚的に見せるアニメーションが面白い。「ウルトラマンA」からの発展かな。ここら辺、平松禎史副監督をはじめとする「さよ朝」から継続のスタッフ達の力が大きいはず。

過剰すぎて最早萌えでもないフェティシズム表現は岡田麿里ならではだと思うが。賛否両論要素の一つだが、岡田麿里じゃないとできない表現。一方で、既視感があって面白味に欠けるアニメーションも少なくなく、やはり玉石混交な映画なんだよな。神機狼とか、もう少し何とかならなかったのか…と思うし。

声優について。瀬戸康史、林遣都が参加しているものの基本的には職業声優の底力で魅せる作り。今回、ここも岡田麿里の歪な魅力を強調していたな。榎木淳弥と上田麗奈。

「あの花」の入野自由と茅野愛衣、或いは「心が叫びたがってるんだ。」の内山昂輝と水瀬いのりの熱演は、ともすれば歪すぎる岡田麿里ワールドを普遍的な感動へと落とし込む橋渡し的役割を果たしていた。しかし、榎木淳弥と上田麗奈はどちらも闇病み方向の演技が映えるタイプで、そして今回見事にそっちの意味で熱演しているので、岡田麿里ワールドの禍々しさが際立つという。普段陽性演技の多い久野美咲が生々しい被虐待児演技なのもまた…凄いなと思うのと生理的嫌悪と。

そして主題歌中島みゆきなんですよね。中島みゆきに見せたのか、これを。なんと畏れ多い…。色々な意味で、「キモい」とか「嫌い」の言葉では切り捨てられない映画だと思ったよ。



追記: 「金の国 水の国」で同性愛者をステレオタイプな悪役として描いたことをクソミソにdisった立場としては、一応今回の悪役が同性愛者であることに言及しないのはフェアじゃないなって…でもこちらはステレオタイプじゃなく複雑な内面が描かれているし。ただその分邪悪さが強調されてたりはする。ジェンダー差がエモに直結する本作でそこまでするなよ、とは思う。が、大した意味もなく同性愛者を悪人にした「金の国 水の国」の方が擁護の余地なしのクソ映画という意見は変わらない。
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