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流浪の月のnahoのレビュー・感想・評価

流浪の月(2022年製作の映画)
4.8
余韻が後から迫ってきて、未だ更紗と文の世界を漂っております。これ、一生まとまる気がしません。

文は更紗に「知られたくなかった」「知ってほしかった」といった。「わかってほしい」ではない。
感情移入や共感ができる/できないが、作品の良し/悪しを決めるものではない、と思っています。この作品への(あえて言おう)賛否両論こそがこの物語の本質を問われるということに気付けるだろか。
白黒はっきりしたストーリーではないし、張り巡らされた伏線の回収をある答えに向けてスッキリ楽しむストーリーでもない。流行の逆を行く作品なのかもしれませんが、真に届いてほしいと願わずにいられません。

人間の不器用さに絶望し、正解はわからないけれども、間違いなく己の世界について考えさせられます。
そして、救われます。

“余白”のような「人は見たいようにしか見ない」「ちゃんと、みて」が間違いなくこの映画を構築している要素のひとつであると感じました。“説明不足”では決してなく。自分の視野の外は何なのか、考える、調べる、誰かと話す、他の方の感想を見聞きする、原作を読む…。100%の正解はきっとないが、その“見つめる”“向き合う”という「行動」こそが、真実に歩み寄る一歩となるのでしょう。

『ドライブ・マイ・カー』が横に拡張した映画ならば、『流浪の月』は縦に構築した物語と言えるでしょうか。映像としての表現を存分に盛り込み、リアリティーと寓話性の間、原作の世界観を見事に昇華させた素敵な映画だと思います。 
小説の映像化において、原作を読んだ人に向けた嬉しい置き土産ってあるじゃないですか。(あの木は「トネリコ」って言うんだ!とか、「モカシン履いてる」とか。まさかのスワンボートは、よりブラッシュアップして登場)個人的には、その解釈が好きです。

劇中3回ほど繰り返される公園の場面。冒頭は事実を、2度目は主に更紗視点、3度目は文視点。物語で知っていく真実が積み重なり、繰り返す毎に違う印象を持つことに後から気付きます。同じ原理で、ラストのケチャップ。もしこれが中盤の位置に差し込まれていた場合、単なるミスリードのための材料として消費されかねない。それは嫌だなと思う。あの位置にあることが、監督の優しさだし意味のあることかなと思ってます。(しかも、更紗自身の回想として出てくる辺り、凄し。)

・物語の始まり、台詞ないのに圧倒的な映画力。
・文がいる。
・カフェの空間の音、それがBGM。床の軋む響き、ヤカンの中で踊るお湯、カップ&ソーサーの重なり、珈琲豆の薫り、ミルのモーター、解氷の煌めき、本のページをめくる音。
・劇中様々な人物が発する「大丈夫?」。その先の純度が問われるんだよなと痛感させられる。
・雨の中、文と谷さんを追う更紗。ここの場面の情報量えげつない…。抑えられないホラー更紗。あの日と同じ色の傘。相合傘すると、相手側に傾けてあげてるから右肩が濡れてる文、あの時も。文は更紗と関わらない。文に添う人がいること、名字を南に変えていること、ノースリーブでカチッとした服装で看護師(俗に言う気が強い性格?)でありながら血とかは苦手な谷さん、家族で中国旅行に行く程の人物。でも、谷さんと文は一緒に月を見ない。点滅する信号を渡る更紗。「よかったね」文の幸せを思う。雨は止んでいる。
・ビッグサイズのアイスをわけ合う更紗と文。
・風に揺れるカーテン。揺れる想い、囲い、心の扉、過去の記憶、夢、世間との隔たり。美しい異国の布。
・DVから逃れ街を彷徨う更紗。フラッシュバックする湖畔の場面、10歳更紗の「逃げて」、文の「誰にも好きにさせちゃいけない」。今の更紗こそ「逃げて」と。自由に湖でパタパタ泳ぐ10歳更紗に、何かを求めて裸足で駆ける更紗のペタペタした足音。そこに射し込む、月明かりと文の足音と15年振りの「大丈夫?」。その瞬間、”更紗”が戻ってくる。
・再会。「生きていたから、更紗にまた会えた。」「ここにいればいいよ」
・更紗の笑顔。
・更紗が自由にハンバーガーを頬張る横顔。
・ベランダの更紗、どのカットも至宝。
・枝豆。靴音。小銭。枝豆。ナイフ。
・リンゴ(実家から送られてきたのでしょうか)のシャリシャリ音
・「calico」の発音がわかる更紗、更紗の本棚に文が見つけた詩集。2人だけが繋がれる15年の空白。
・からの、梨花ちゃんと文が詩集の話をする場面。ジワーっと沁みる。(アイスの場面と同じ、椅子と体操座り。でも寄ってくるのは逆で梨花ちゃん。)
・詩を読む文の声。走馬灯のように想起する劇中に出てくる情景(こども、善や悪、泉、風、陽、輝き、空、雷、嵐、雲、神秘)。ポー氏が19歳の時に書かれた詩だとか…。
・「離れ」で文の頭を掠めるウインドチャイム。背丈は伸びる文。
・谷さんと南くんの最後。切ないね…。
・文は、あのcalicoの高い階段を失意の中3度も登って…最後は這うように、縋るようにcalicoに戻ったのか…。
・更紗は神秘であり、一筋の輝きであり、calicoはエデン。
・繋いだ手、閉ざされた時、その温もりを思い出す時、離す時、再び繋ぐ時。
・最後の月のショットが堪らなく綺麗。
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