ShunItoh

ブレードランナー ファイナル・カットのShunItohのネタバレレビュー・内容・結末

3.0

このレビューはネタバレを含みます

原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を読み、映画ブレードランナーにも興味を持ち鑑賞。
映像の評価は私の知識では時代背景込みで評価することができないため、ここでは物語について言及することにする。
物語は正直言って面白くない。映像を評価するなら気持ちはわかるが、私なら映像の優れた映像を面白いとは言わない。物語の深みがなく、この物語を面白いと言う人には具体的にどこが面白いのか伺いたい。
映画ではさまざまな背景、設定が単純化されており、原作との相違点が多いだけでなく、その相違点が物語の質を下げているように感じた。以下三点挙げる。


原作:アンドロイドを見分けるための検査(フォークト・カンプフ検査)は人間特有の感情移入(エンパシー)の反応を利用する。これが読者視点では非常に信憑性に乏しいために、物語に深みを持たせる小道具として優秀である。感情移入しているように見えるアンドロイド、自分がアンドロイドかもしれないと疑う主人公や他のブレードランナーなど、人間とアンドロイドを見分けるための方法が信じられなくなり、いよいよ人間とは何か、という本質に問題提起するようなストーリーであった。

映画:アンドロイドの目は光の反射によって見分けられた。もちろん演出であることは理解できるが、これでは人間と非人間との境界という本質的な問いが想起しづらいのではないか。そして、主人公が相手をアンドロイドだと決めつけて容赦なく銃殺するシーンは稚拙に感じた。


原作:もう一つの人間とアンドロイドの違いの一つに「生きた動物を飼うこと」が挙げられる。さらに、この世界には生きた本物の動物が非常に少ないため、生きた動物を飼うことは大きなステータスになっている。そんな中で主人公は羊を飼っているフリをして人工の羊(電気羊)を飼っている。アンドロイドを殺すのは金を稼いで、本物の羊が欲しいという非常に浅はかな理由であるところから、俗物的で利己的な人間の本質が垣間見える。読者からすると、主人公がつまらない動機でアンドロイドを殺すことが異様にも感じられる。

映画:模造動物は登場するが、位置付けがされていないため、歪んだ世界観が味わえない。また、原作タイトルにもなっている電気羊の要素がなくなっているのも寂しい。

③原作:テーマを絞り、人間と非人間との境界を問う。歪な世界観は現代社会を揶揄したものであり、そこには多分に皮肉が込められている。我々の信じている価値基準についても疑いを持たせるような作りになっている。

映画:テーマが絞れてない。映像はサイバーパンクの先駆けだそうで素晴らしいセンスだが、それは見た目だけである。見た目だけ未来っぽいが、性格や価値基準は極めて現実的でつまらない価値基準である。これでは歪な世界観が味わえない。
主人公の目の光がアンドロイドを思わせた。そして、その主人公がユニコーンの夢を見たこと。アンドロイドの人間らしさを表すシーン。
ロイが自らの手に杭を打ち、その手で主人公を助ける。キリスト教的メタファー。
だからなんだと思う。単発で意味深なものを挟んだり、急にメタファーを入れても深みが増すことはない。


まとめ

映画を高評価している方には是非とも原作を読んでいただきたい。
映画は『当時の技術でこの映画を撮ったことが』素晴らしいということだと思う。そこには時代的ハンディキャップを鑑みての評価がある。
原作は当時の時代背景なんか考えずとも、ハンディーキャップなしで面白い作品である。いまだに色褪せない面白さがある。ぜひこれを読んでから判断していただきたい。
ShunItoh

ShunItoh