九月

最後の決闘裁判の九月のレビュー・感想・評価

最後の決闘裁判(2021年製作の映画)
4.9
映画館でトレーラーを見た時に、何の裁判なのか分からずさほど興味を引かれなかったので観るつもりは全くなかったものの、公開するやいなや、評判の良さに気になり始め…
それでも、内容的に重そうだったので観るかどうかずっと迷っていたこの作品。上映最終日のレイトショーにギリギリ駆け込むことになったけれど、観て良かった。
史実に基づいた物語、この裁判の発端となった主人公の妻マルグリットのための決闘が描かれているものかと思ったけれど、そうではなくて、現代にも通ずる問題に多く目を向けた切り口が本当に素晴らしかった。

初めに、ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)とジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)による決闘の始まりと、それを見守るマルグリット(ジョディ・カマー)が映し出される。そこから、友人であったはずのふたりが何故この決闘に至ることになったのか、そして決闘の顛末が描かれる。
それを見ている間、裁判を闘うふたりの印象が目まぐるしく変わり続けていく。その構成が見事で、まんまと引っかかってしまった。

正義感が強く、勇敢な騎士で、マルグリットの良き夫カルージュ。
友であるカルージュと対立するようになるが、それも君主であるピエールの思惑のせいで、放蕩癖はあるものの端麗な容姿に教養を兼ね備えたル・グリは、そこまでの悪人とは思えない。
主要キャストの男性陣全員嫌いになってしまいそう、という感想を散見していたので、覚悟して観たけれど、最初は「あれ?そうかな?」とさえ思った。
それもそのはず、見せられている彼らの人物像は結局彼らの主観でしかない。

マルグリットがル・グリに強姦されたと夫に告発した時も、この証言は本当に100パーセント真実なのか…?と勘ぐってしまった。でも、実際その様子を見せられてから、また、マルグリットによる視点で真実が語られ始めてからは、カルージュとル・グリ両者の印象が最悪なものになった。
マルグリットが訴訟することを決意してから、マルグリット本人のことは誰からもまるで尊重されず…ひとりで怖くて辛い思いをして、ようやく意を決して声をあげたというのに。決闘の場は、男二人が力を顕示する手段でしかない。

子どもを授からなければ、妻の存在意義はないのか?女性は自分の意思で生きてはいけないのか?そう思わせるような夫。どこまでも傲慢な彼は、妻の言葉には耳を傾けてはくれない。
いかにも理性があるといった様子で近づいてくる夫の友人は、マルグリットが夫とうまくいっていないことに付け込み、あたかも彼女の苦悩を分かった気になっている。自分なら…という言動は、エゴにしか見えない。

さらに、マルグリットを追い込むのは、何もカルージュとル・グリだけではない。
他人事で、人が殺し合うことになるのをどこか楽しんでいる様子の国王。マルグリットがル・グリの容姿を褒める発言をしていたという証言があったことから、彼女にもその気があったのではないかと平気で決めつけてくる老人。よくあることで自分も乗り越えてきた、生きるためなら仕方ない、と価値観の押し付けをしてくる義母。ル・グリは女遊びが激しいから仕方ない、また、相手が彼なら良いのではないか、とでも言ってきそうな周りの女性たち。

最後は、タイトルにもなっている決闘のシーンを、マルグリット同様、恐怖や怒りに震え虚無感でいっぱいになりながら眺めていた。権力や名誉のためなのか、一体何のための闘いなのか、愚かで見ていられなかった。決着がついたあとの勝者や、観衆たちの様子にも呆れ、気が遠くなる思いだった。

14世紀のフランス、時代も国も全く違うのに、今もあるようなことばかり。マルグリットの最後の表情が忘れられなくて、エンドロールの最中彼女と同じような目をしながらしばらく放心していたと思う。
九月

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