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THE FIRST SLAM DUNKのambiorixのレビュー・感想・評価

THE FIRST SLAM DUNK(2022年製作の映画)
4.3
ようやっと見てきました『THE FIRST SLAM DUNK』。結論からいうとスンゲーおもしろかった。がっ、ここまでたどり着くのに1ヶ月半もの時間がかかってしまったのはなぜかというと、子供の時分から引きずっている「スラムダンクコンプレックス」によるところが大きいのかもしれない。漫画やアニメの『スラムダンク』をリアルタイムで体験できなかった負い目みたいなものが心の中にずっとわだかまっていて、俺を映画館から遠ざけ続けていたわけです。単純に直撃世代じゃあなかったというのもあるンだけど、漫画を読む気になりさえすれば普通に読める状況ではあったし、現に周りの漫画ファンはみんなスラムダンクを読んでいた。ところが、当時の俺はそうしなかった。それどころかスラダンファンに対抗して『リアル』を読んでいた(笑)。いちおう何年か前に漫画喫茶で一気読みしたものの、さすがに遅きに失した感は否めなかったし、生来の絶望的な記憶力の悪さから今となっては内容をほとんど覚えちゃあいない。けれども、スラダンにわかであることにはメリットもあって、公開前の声優総とっかえ事件に対するブチ切れ意見や、公開後に出てきた「なんで漫画をそのまま映像化しねえんだよ」一派の意見やなんかに煩わされずに済んだので、その分かえってニュートラルな目線で鑑賞することができたのかなとは思う。
とにかくおもしろい映画だったので、どこから褒めたらよいのか困って仕方ないんだけど、個人的にもっとも唸ったのが作品の構成だった。本編を一瞥すればわかるようにこの映画は、原作のクライマックスでもあるインターハイの山王工業戦をまるまるひと試合描きつつ、同時にメインキャラのひとり宮城リョータの子供時代から現在までの生い立ちを並行して語る、という構成をとっている。ところが、ネットの評やなんかを見てると「回想が多すぎる!」なんてな意見があまりにも多くてびっくりしてしまった。そうじゃないんだよ、その逆なんだよ。バスケの試合描写だけでは確実にダレてしまうであろうところにもう一本、人間ドラマという名の背骨をブッ通す。リョータとバスケとの出会い、兄の死、母との確執、いじめ、湘北バスケ部への入部、三井との因縁、そしてラストのあれ…などなど、指摘されなければオリジナルのストーリーだとは気づかないぐらいにはよく出来たドラマだったので、ことによるとこっちの方がメインと言ってもあながち間違いではないかもしれない。さらに、ここのパートははじめ名前もわからない状態で出てきた湘北高校のメンバーたち(とくに赤木と三井)の、試合の部分だけでは描くことのできないパーソナリティを補強することにも貢献していて、各キャラクターはリョータを中心に彼の目線を通した掘り下げがなされていく。スラダンのもつ魅力をストレートに伝え、かつスラダンファンではない観客を置いてけぼりにせず、そのうえで2時間ちょいしかないランタイムにお話を封じ込めようと思ったらむしろこの語り口以外ありえないんじゃないかとすら思ってしまうのだ。インドの名作クリケット映画『ラガーン』のように、2時間半かけて人間ドラマを描き、残りの1時間半をすべて試合にあてる、みたいな構成も取ろうと思えば取れたかもしれないけど、全31巻もある漫画シリーズの映像化でそれは難しいよね。
アニメーションとしての素晴らしさについても語っておこう。映画館の予告編でさんざっぱら見せられた、バスケ場でリョータと兄貴がバスケをしとるシーンのクオリティがお世辞にも高いとはいえない代物だったので、この辺には正直期待しておらなかったんですが、いい意味で裏切られた。監督・井上雄彦の本職はみなさんご存知のとおり漫画家。本作でもって長編映画初挑戦なうえ、アニメーションにも造詣が深くないらしい。そんな人がいきなりアニメの映画なんか撮って大丈夫か、ちゅう話ですが、なんとこれが紛れもない「映画」として成立してしまっている。ともすればもっさりとして締まりのない画面になりがちなCGアニメのヌルヌルした動きにきっちりと緩急やメリハリをつけ、肝心の見せ場ではスローモーションやキメ・トメの絵を使ってバシッとかっこよく見せる。その呼吸が絶妙でとにかく気持ちいい。ここは一枚絵やコマ割りで培ってきた漫画家としての経験値のなせる技なんだろうね。ちなみに本作は、ドラマのパートとバスケのパートとで画面のルックが大きく異なる。前者ではフォトリアルな背景に手描き漫画ルックのキャラクターを乗せるというやり方をとっており、一方の後者は実際のバスケプレイヤーの動きをモーションキャプチャーしたものをCGアニメーターや監督自身が描画にしつつその都度修正を施しているらしい。バスケパートに関してはヒキの絵になると背景とキャラクターとが露骨に乖離、CGのもろCGな感じが悪目立ちしてしまうきらいはあるんだけど、ボールの動きや重量感、プレイヤーたちのスピード感あふれるアクションがむちゃくちゃリアルで、陳腐な表現ながら「まるでバスケの試合を見てるみたい」と思ってしまった(笑)。でも単に「リアルすぎてすげえ!」ってんじゃなくて、ちょうどこれのひとつ前に見ていたイラン映画『ジャスト6.5 闘いの証』におけるキャストの演技のように、事後的に「ああ、そういえばむちゃくちゃリアルだったな…」となるタイプのリアルさだったように思う。そして特筆すべきは残り試合時間数十秒からの凄まじさ。俺の乏しい語彙力であすこの場面を言語化するのはとうてい不可能なのだけれど、近いようで意外に遠いジャンルだった漫画とアニメーションとがほぼ完全な形で融合を果たしてしまった、スポーツアニメ史に残る金字塔的シーンと言っても過言ではないのではないでしょうか。ここを目撃するだけでもチケット代の元は十二分に取れるはず。
で、ここから残念だったポイントを列挙していこうかと思ったんだけど、とくに減点要素がない。いかんせん原作に思い入れがない人間なので、原作をそのまま映像化しなかったからクソだ派には絶対に与したくないしな(この前の『チェンソーマン』ぐらいひどいとさすがにあれだけど…)。巷間言われているように各キャラクターの掘り下げが足りないとも感じない。桜木と流川の険悪ムード〜からのアレは映画の描写だけでもしっかりカタルシスを味わえるし、敵である山王工業の面々も十分に魅力的だった。ってなわけで、これ以上付け加えることはもう何もない。ただし、俺のようなスラダンコンプレックス持ちでも問題なく楽しめるから大丈夫だよとだけは言っておきたいです(笑)。
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