Jun潤

ある男のJun潤のレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
4.3
2022.11.18

石川慶監督×妻夫木聡主演。
最初のプロモーション映像では亡くなった夫の正体は誰?ぐらいしかなく妻夫木聡いつ出てくるの?な疑問ばかりでしたが、情報が解禁されてくるとどうやら『嘘を愛する女』のように愛した人の正体を追うラブ・サスペンスの様相。
個人的にはこの秋最も気合の入った邦画の一つの感じがしているので、期待値上げて上げての鑑賞です。

過去に2歳の息子を喪い、夫とも別れた里枝はある日、“谷口大祐”と名乗る男と出会う。
2人は徐々に惹かれていき、やがて結婚、娘も授かる。
しかし悲劇は彼らを待ってくれない、職場で起きた事故により大祐は亡くなってしまう。
1年が経っても悲しみにくれていた里枝だったが、大祐の兄という男性が訪れた際、この男は大祐ではないと言う。
果たして今まで共に生活をしてきた愛する人は誰だったのか。
里枝は過去に世話になった弁護士・城戸を頼り、彼は調査を開始する。

ほうほうこれはこれは……。
『ある男』というタイトルから“谷口大祐”にフィーチャーした物語かと思いきや、登場人物のほぼ全員に背景やドラマがあり、ストーリーに直接関係ないような部分まで詰められていたので、石川慶監督節全開の作中世界の作り込みもさることながら、プロモーションで安藤サクラが語っていたように、人間を描いた群像劇に仕上がっていたと思います。

予告から想像でき得る感じだと、城戸の調査から始まり、それが進む過程で里枝と谷口の過去の生活が語られるのかと思いきや、里枝と城戸の苦悩と調査を軸に、“谷口大祐”の真実が明らかになっていくストーリーライン。
この過程で描かれていくのは「名前」と「レッテル」だったのかなと思います。
戸籍という国に登録されたものであっても、それが事実とは限らない、今自分の周りで名を名乗っている人は本当にその人なのか、そんなことまで考えさせられる作品でした。

また「レッテル」についても、物静かで過去に何をしていたのかわからないということから始まり、旅館の跡取り、在日三世、死刑囚の息子など、その人自身ではなく社会的で世間的に貼り付けられたもので語られる人間が描かれていることで、その人自身を本当に表すものはなんなのか、何をもって人間を人間たらしめるのかということまで描くための要素になっていました。

結末についても、比較的安定していた人物として描かれていた城戸も、尾身浦という人物との邂逅、戸籍や名前を失ってでも消したい過去を持つ人々の調査、そして家族との微かな確執から、突然起きたものではなく、それまで細かな描写を重ねていたことによって、名前を名乗っていなくても、そういうことなんだろうなと伝わってくるものでした。
幸福追求のためならなんでもする人間の恐ろしさというか、わずかな歪み、感情の揺れからすぐに瓦解してしまう不安定さというか、作中世界が限りなく現実世界と近付いていたことによって、自分の今後にも起こらないとは言えない、周りにもそんな人がいるのかもしれないと、甘い味のする苦虫を噛んだような終わり方でした。

演技についてはやはりメインの妻夫木聡安藤サクラ窪田正孝ですかね。
安定した人物として描かれてきた城戸が見せる激情、家族を失い、それでも強く生き、おそらく新たな幸せを築いていくであろう里枝の芯の強さ、壮絶な過去を辿り、自壊的で儚く描かれてきた“谷口”が最期に辿り着いた幸せ。
石川慶監督の描く作中世界を、本当に生きている人物のように3人が演じていたことで、素晴らしい作品に仕上がっていました。
Jun潤

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