叡福寺清子

ワース 命の値段の叡福寺清子のレビュー・感想・評価

ワース 命の値段(2019年製作の映画)
3.5
9.11テロの被害者約7000名に対する補償金を算出,提訴権放棄を条件に示談締結をまとめる国家事業.もし被害者の提訴率が20%以上だと,国歌の社会基盤にまで影響が及ぶ極めて重大な事案.その事業の管理者となったケン・ファインバーグと彼のチームが,難事業に取り組む姿を描いた本作.こんばんわ.三遊亭呼延灼です.
かねがね私は米国はシステムの国家と言ってきましたが,本作においても提示されたシステムの優秀さに舌を巻きました.最終的には補償金70億ドル以上に達する補償問題を,わずか二年でまとめ上げる事が可能なシステム.航空会社や流通,さらには政治家の議席を保証するための,極めて打算的な補償金政策であったとしても,とにかく方向性を決定し,都度必要があれば修正を加えればいいじゃんという政治的決断力.実に羨ましい限りです.それに比して,マイナンバーカードの運用にすら日和って右往左往する本邦の政治は,惨劇と言っても過言ではありません.

印象的だったのは,被害者本人や遺族一人ひとりの証言でした.いずれも涙を誘うに十分ですが,ふと思ったのはこれは米国が求めていた癒やしではないか,という事です.本作をもって,「おのれ!イスラム過激派!!」と怒りを再度奮い立たせた米国人がいたのでしょうか.その当たりの事情は存じ上げませんが,むしろ今一度ヒーロー達の姿を思い返して,追悼の思いを新たにしようなじゃないかという気風を感じました.
と同時に,こういっちゃなんですが,当時の敵は分かりやすくて良かったなとも思った次第.批判されたら2秒で謝罪いたしますが,命を狙った過激派=悪いやつと誰でも口にできるでしょう.ですが,2020年前後から米国は次の戦争に突入した感があります.差別という敵との戦争に.差別は良くない.誰だってわかる事です.ですが,その差別が新たな差別をもたらすとしたらどうでしょう.白人警官が黒人を射殺した時にのみ,巻き起こる人種差別問題.ですが,黒人警官が黒人を射殺するのはいいのでしょうか.黒人が亜細亜人を差別するのはアリですか.人種だけではありません.昨今ではLGB・TQという差別.女性スポーツ界に進出する元男性トランスジェンダーは,女性差別主義者ではないのですか.あるいはそう考える事自体が性差別主義者になるのかしら?
『それに比べたらイスラム過激派と戦ってる時代は楽だったなぁ』との懐古の思いが,本作にはあったのでは・・・そう考えてしまう私はひねくれ者なんでしょうね.