けんぼー

ちょっと思い出しただけのけんぼーのレビュー・感想・評価

ちょっと思い出しただけ(2022年製作の映画)
4.3
率直にいうとオールタイムベスト級のめちゃくちゃ好きな作品です。

個人的には松居大悟監督の最高傑作であり、『花束みたいな恋をした』を超える倦怠カップルものの新たな名作だと思います。

本作はジム・ジャームッシュ監督の名作映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』を基に作られたクリープハイプによる楽曲「ナイトオンザプラネット」を基にして、松居大悟監督がオリジナル脚本で作成した映画ということで、まさにクリエイターたちによるインスパイアの数珠繋ぎ、バトンリレーによって生み出されたというのも特徴的な作品。

本作は人気のない、がらんとした東京の街の様子をタクシーの車内から映し出すところから物語が始まります。そしてそのタクシーのドアには「東京オリンピック」のロゴ。冒頭の数分で「2021年」であることがそこですぐにわかります。静まり返っている「私たちが知っている街」のリアルな様子を冒頭で手際よく描くことで、一気に作品と観客の距離が縮まり、本作は「わたしたちと同じ世界の物語」であるという印象を受けます。

ダンサーとしての夢を挫折した照明スタッフの「照生」とタクシードライバーの「葉」の二人の主人公の「7月26日」の出来事を2021年7月26日、2020年7月26日、という風に、一年ごとに遡っていく形式で進んでいき、「照生」の部屋の「壁がけ時計」を映し出すシーンから各年の「7月26日」の物語が始まるのですが、その語り口がまず素晴らしかったです。

あえて具体的には言いませんが、「2021年」などと画面に「わかりやすく」表示させることなく、「壁がけ時計」だけで「時を遡ったこと」を演出した松居大悟監督は天才だと思います。

また、本作に登場する永瀬正敏演じる「ジュン」は「時を超越する」キャラクターであり、一人だけ時間を逆行しているかのような描き方はまるで「TENET」を彷彿とさせます。
松居大悟監督の見事な「時間表現」は日本のクリストファー・ノーランと言っても過言ではないレベルだと思います。

そして壁がけ時計を写した後、そこからカメラは「照生の部屋の中」「照生の部屋の玄関」そして照生の通勤ルートにある「階段」「地蔵の前」「公園」などを同じ場所、同じ構図で映し出していきます。この「同じ場所を描く」というのはいかにも「舞台的」な表現方法であり、それも松居大悟監督らしいと思いました。

「7月26日」という同じ日の「定点観測」と、同じ場所を映し出す「定点観測」から「比較」することで、パズルのピースを埋めていくように段々と照生と葉の変化と二人の物語を観客が理解していくという本作の構成は見事でした。

主演の池松壮亮さんと伊藤沙莉さんの演技力の高さと、アドリブを多く取り入れた松居監督の演出が照生と葉の存在や二人の空気感をリアルなものにしていましたし、照生と対照的なキャラクターを演じたお笑いコンビ「ニューヨーク」の屋敷さんもいい味出してました。

過去の素敵な思い出を「ちょっと思い出しただけ」で進んでいく、ありふれているけど「ちょっと思い出しただけ」でそれ以上の劇的な展開がないからこそリアルだし、私たちとの距離が近くて、切なくも暖かく心に刺さる作品になっていると思います。
個人的に『花束みたいな恋をした』のラストで主人公二人が後ろ向きで手を振り合うところはあまりにもドラマ的すぎてノレなかったのですが、本作のラストで照生と葉がお互いに同じ空を見て新しい朝を迎えるところは名シーンだと思いました。そこからのクリープハイプの「ナイトオンザプラネット」の曲の入り方も完璧でした。ヘビロテして聴きまくってます。

鑑賞後に照生と葉が抱き合っている本作のポスターを見ると、感慨深くてなんとも言えない感情が湧いてきます。
ノベライズ本も読みましたが、映画では表現できない照生と葉の心情が描かれているのでおすすめです。
これからの照生と葉の幸せを願わずにはいられない、大好きな作品となりました。

2022/2/12
2022/2/13鑑賞