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リコリス・ピザのnetfilmsのレビュー・感想・評価

リコリス・ピザ(2021年製作の映画)
4.3
 高校生のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)は名前も年齢もわからぬまま、アラナ・ケイン(アラナ・ハイム)という年上の女性に出合い頭に恋をする。いかにもボーイ・ミーツ・ガール映画の型通りなのだけど、今作が凄いのは出会いの瞬間の高揚感を僅か15歳の少年が、何度も何度も違う形で繰り返すのだ。実際には一回り差までは行かずともアラナ25歳、ゲイリー15歳で10歳の年の差があれば年上から見れば恋愛対象にはならない。然しながらゲイリーは子役として活躍する妙にこまっしゃくれた子供で、大人に対して少しも物怖じしない(それが後半、厄を呼び込むのだが)。『インヒアレント・ヴァイス』以降のポール・トーマス・アンダーソン映画は、フィリップ・シーモア・ホフマンの不在を強く感じさせたが、まさかここに来て彼の最愛の息子がポール・トーマス・アンダーソン映画の主人公に抜擢されるとは、きっと天国のフィリップも草葉の陰で泣いていることだろう。相手がロック・バンドHAIMの3女でこちらも演技未経験だけに監督の演出がモノ言うものの、勝手知ったるサンフェルナンド・バレーの街の空気や湿度がはっきりと感じられ、70年代の風土やアメリカ西海岸の原風景が伝わって来る。土地勘はなくとも、『ブギーナイツ』や『マグノリア』と同じ土壌だと言えばわかりやすいだろう。

 アラナのどこかミステリアスで、いつか急に目の届く範囲から居なくなりそうな雰囲気は『インヒアレント・ヴァイス』のシャスタ・フェイ・ヘップワースを彷彿とさせるものの、今作はPTAのフィルモグラフィで言えば、一番『パンチドランク・ラブ』に近い。あの映画はコミュ障の青年が年上の女性と恋に落ちる話だった。『パンチドランク・ラブ』では電話線を引きちぎり疾走する主人公の姿が印象的だったが、今作ではなかなか距離を縮められないゲイリーはアラナが焦がれる男になりすまし、彼女の吐息まじりの空気を独り占めしようとする。15歳ながらどこか繊細で奥手な恋の病巣は最初からアラナとなかなか良い相性だと思うが、彼女はSEXはおろかキスさえさせてくれない。それは女性側からすれば至極当然で、15と25の10歳差は、30と40との10歳差とわけが違う(『パンチドランク・ラブ』も確か年上女性だったがお互いもう大人だった)。『パンチドランク・ラブ』では口やかましい7人の姉に牛耳られるばかりだった主人公だが、今作ではアラナの方が年の近い姉2人の厳しい目線に晒されている。厳格なカトリックの家に育ち、ここではないどこかを夢見る3人兄弟の末っ子は何かやりたいことを見つけて、この街とオサラバしたいと思うもののいったい何をすればよいのかわからない。対するゲイリーは将来に対する不安を感じる年頃には至らず、山師的な才覚で次々に事業を成功させ、彼女に一人前の男だと認めてもらいたいのだ。

 PTAは2人の間に障壁として立ちはだかるキャラクターに一癖も二癖もある曰く付きの人物を次々に連れて来る。明らかにウィリアム・ホールデンを模写したようなジャック・ホールデン(ショーン・ペン)の『トコリの橋』ばりの苦み走った男の疾走は、落車したアラナを想うゲイリーの刹那とクロス・カッティングされるが激突することはなく、ゲイリーは彼女の元へと駆けつける(代わりに年老いた俳優は転倒する)。当時、『スター誕生』のバーブラ・ストライサンドの愛人だったジョン・ピーターズ(ブラッドリー・クーパー)とのサンドとザンドのやりとりなど、まさに『ブギーナイツ』と地続きの所でこのような出来事があったと考えると、今回も実に面白い。ウォーターベッドを売り捌いたゲイリーが石油ショックに見舞われる辺りが、PTAのこれまでの映画で言えば転落の序章となるはずだが、映画は弟たちを乗せたフォードのトラックが、後ろ向きにハリウッド・ヒルズを駆け降りるだけだ。まるでスピルバーグの『激突!』を後ろ向きに再現したような鈍重なトラックの操作不能な絶望をアラナがもの凄い形相とハンドル捌きを試みるカタルシスには真に度肝抜かれた。思えば映画の鈍いピントは最初からゲイリーとアラナにしか当たっていなかったのだと言わんばかりの、クライマックスの疾走は出会ったばかりの疾走とクロス・カッティングされ、ゲイリーの出会いの好きを何倍にも増幅し、その鼓動さえも余すところなく伝える。2020年代の青春映画の金字塔的名場面だ。まるで往年の70年代のハリウッド映画が蘇ったような印象さえ受けるセンス抜群の1本だ。
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