むさじー

母の聖戦/市民のむさじーのレビュー・感想・評価

母の聖戦/市民(2021年製作の映画)
3.8
<犯罪多発地帯の非情な現実>

メキシコ北部の町で暮らすシングルマザーのシエロは、一人娘が誘拐されて身代金を払ったものの娘は帰らず、警察は聞く耳を持たないため自力で捜索を始める。手掛かりになりそうな人物の尾行と張り込みを続け、軍のパトロール隊と秘密裏に手を組んで犯罪組織の実態を探るうち、意外な人物の関与や誘拐ビジネスの血なまぐさい実態に遭遇する。
「治安が悪い」とはこういうことか、そのおぞましい実態に驚く。本作は元々ドキュメンタリーで計画されたが、危険が察知されたため実話ベースのドラマに変えたとのこと。フィクションとはいえ、人間の所業とは思えないその惨状に目を奪われ「背景」に関心が向いてしまった。
第一はメキシコには麻薬密売組織が多く、国際取引で麻薬が生み出す利益は莫大なものだから、犯罪組織と政治家、軍人、警察の癒着はよくあること。そして麻薬と誘拐犯罪の組織は根が一緒なので、誘拐対応に警察が機能せず、誘拐組織は野放しということらしい。
第二は貧困による生活苦で、先進国の誘拐の標的は金持ちだが、この国では貧乏人でもターゲットにされてしまい、はした金欲しさに下っ端の若者が犯罪に走りやすいという。本作の原題は『市民』とあるが、普通に暮らす市民が巻き込まれやすい“ありふれた事件”であることを示している。
映画では犯罪組織の核心の部分には触れないが、その闇の深さがよく見えないだけに不気味で恐ろしい。全編ドキュメンタリータッチで、被害者である母親の怒りが徐々に狂気を帯び残虐性をはらんでいく、復讐のドラマになっている。だがその緊迫感以上に、ホラーのようなショッキングな事件に驚かされた。それにしてもラストの母親の微笑みは謎で、モヤモヤが残る。
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