エニグマ

オッペンハイマーのエニグマのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5
面白い。異様な程にテンポがいいので3時間でも見れてしまう。伝記映画はほとんど観たことないが、専門用語や人名が多いと言えど、話の流れは割とすんなり入る巧い構成。個人的にノーラン作品で一番好きなのはインセプション、次点でインターステラーだがそれに追随する良さ。ただ、個人的にはノーラン監督にはインセプションやテネット、プレステージ的なバカな話を大真面目にやるSF映画を撮ってほしい。
時間が合わなかったので通常版を鑑賞したが、開始数秒で挿入される爆発のカットを観てドルビーで観れば良かったと後悔。とにかく音圧が凄まじい。インターステラーをIMAXで見た時はまるでそこにいるかの様な音の臨場感に度肝を抜かれた訳だが、それに近い間隔。これは映画館で観なければ意味が無いと感じる。途中に挿入される星々の映像など、会話劇主軸と言えど凄い圧倒される。トリニティ実験の光が先に来て音が遅れてくるシークエンスは物凄かった。

物語は1954年頃、ソ連のスパイ容疑をかけられたオッペンハイマーの聴聞会から始まる。そして彼が自分の半生を振り返る形で様々な出会い、トリニティ実験、そして原爆投下が描写されていく。
最初この映画の特報を聞いた際には、原爆についての話かと思っていたが、蓋を開けてみるとあくまで『原爆を作った男オッペンハイマー』の伝記映画といった感じの映画だった。
驚いたのはオッペンハイマーのプレイボーイ具合。フローレンス・ピューとワンナイト、そしてエミリー・ブラントをNTR、人妻まで行くという止まらない性欲。聴聞会のシーンで文字通り丸裸にされるシーンは笑ってしまった。絵面がシュールすぎる。まあでも例の悲しい事件が起こった時、かなりオッペンハイマーが食らっていたのを見ると自責の念もちゃんとあるのだなと。そしてそれが原爆の話にも繋がっていた。

一番印象的だったシーンは、原爆投下成功の祝賀会的なシーンだろうか。規律の揃った群衆の足音の中、オッペンハイマーが登場しオッピーコールが巻き起こる。しかし、オッペンハイマーの視界はゆらぎ歓声には悲鳴が混じり、挙句の果てには群衆の顔が焼け焼死体が転がっている。喜びと恐怖が入り乱れたかなり衝撃的なシーンだった。広島長崎の被害描写が無いのが批判されているが、このシーンはオッペンハイマーの後悔の念に乗せてクリストファー・ノーランの原爆に対する批判的意図を強く感じる。顔が焼ける女性はノーランの娘だというので、身近な人間が簡単に亡くなってしまうという当時あの場所にいた人々が体感した状況なのも重なる。そもそもこの話はオッペンハイマーの主観に基づいた話になっているので、彼が目にしていない原爆投下シーンを描写する必要性は感じなかった。これはここ数年の映画体験でも1番心に残るシーンだった。
また、原爆投下の場所を決める会議も印象深い。「京都は新婚旅行で行って綺麗だったから外そう」という軽々しさには虫唾が走る。後に大統領が「広島」だけを取り上げてオッペンハイマーが「広島と長崎」と訂正する場面もあるが、当時のアメリカ人の価値観が描写されるシーンはとても胸が痛い。

後半は冒頭の聴聞会の時系列になり、オッペンハイマーがスパイ容疑をかけられてあの場にいたことが明かされる。私自身歴史的な知識はなかったので、単純にこの構成には映画ファンとして感心した。そしてロバートダウニーJrとの擬似法廷バトル的展開へと突入する。ここで驚いたのが、羅生門的なキャラの主観と客観による記憶の齟齬。ダウニー演じるストローズがオッペンハイマーに恥をかかされた場面だ。最初の語りでは余裕そうな笑顔で返したり、友好的な振る舞いだったりをしていた。しかし、後半では無表情でその時のことをずっと根に持っていることが明かされる。史実をフィクションの構図に当てはめるのもおこがましいが、身近な友人が実は自分を貶めたヴィランでした的な感覚で凄い面白かった。そしてそれを意気揚々と語るロバートダウニーJrのカリスマヴィラン感。アイアンマンだとは思えない怖さがある。
そしてラストシーン。中盤では原爆の爆発が大気に燃え広がり連鎖的に地球上に広がってしまうリスクが懸念されていた。史実にもあるように実際は燃え広がることは無かった。しかし、オッペンハイマーの中では連鎖反応は起こってしまっていると考えている。それは、物理的なものでは無く、オッペンハイマーの原爆開発により世界中にその思想が広まってしまったということだ。核ミサイルが世界中に撃たれる映像が挿入されていたが、現に今でも戦争の火は絶えない。この実質的に連鎖反応は起きてしまったというオチは、原爆投下の成功への対比も相まってかなり好きだった。すごい。

演技面で言えば出演者が豪華すぎる。特に情報解禁時から気になっていたジャック・クエイド!セリフ少ない!だけど主要人物との会話だったり画面の端に常に映ってたりと割と優遇されてる。ずっと調子いい顔してて良かった。極めつけはパーティでのボンゴ。調べたらファインマン役だったのか…
フローレンス・ピューはミッドサマーから着々とキャリア積んでて凄い。

ノーラン映画はいつも最高の映画体験をくれるが、正に今回もそんな映画だった。3時間ということもあり、中々感想を書ききれないのでドルビーとかでもう1回観たい。
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