るか

オッペンハイマーのるかのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.8
傑作を観てしまった後はその余韻に浸りたいがためにひたすらに静寂を求めてしまう。この作品はまさにそれにピッタリと当てはまるような映像体験であったと言えるだろう。
これまで厨二病心をくすぐること「だけ」が得意と思われてきたクリストファー・ノーランが彼の作品のスタイルを総動員し作り上げたと言えるショーレースでの圧勝ぶりも納得ではないだろうか。

・今作のテーマ
基本的に今作の中心にあるのは「後先考えずにやってしまったら恐ろしい結果が遅れてやってきた」というものだと感じている。
オッペンハイマーという人物の造形も基本そのスタンスで描かれているだろう。毒林檎事件から始まり、後先考えずに、フローレンス・ピューに手を出し彼女は死んでしまうし、科学者では無いRDJをバカにして後から自分が苦しめられる。そしてその最たる例が原爆だろう。それは今作最大の見どころであるトリニティ実験のシーンでも同様だ。あのシーケンスの「炉に火を入れてしまった列車は簡単に止まれない感」は本当に恐ろしかった。巨大な爆発と火柱が上がったその後長い長い間を置いて「結果」という名の音と衝撃波がやってくる。光の方が先にやってくるという自然現象を巧みに作品のテーマへと昇華させた素晴らしいものだった。

・オールスター俳優と徹底批判
主演男優賞を受賞したキリアン・マーフィー。素晴らしかった。全てを俯瞰しているようで何も見えていないようにもみえる正に「慧眼であると同時に盲目」である彼の虚ろな目はオッペンハイマーという人物を物語るのに十分な役割を果たせていたし、本来であるならば微塵も感情移入することが出来ないはずのパーソナリティを持った天才を3時間もの作品の中心に添えることができたのは彼のマンパワーありきだろう。他にも助演男優賞受賞のロバート・ダウニーJr.。正直僕らの世代には彼はRDJ本人である以上にトニー・スタークなので彼がこういう嫉妬に燃えるキャラというのは中々思い付かなかったが、良かったのでは。白黒パートでは彼がもはや主役だったし存在感がある。割とここの時系列が入れ替わるシーンに混乱される方がいたようだが白黒とカラーで時系列を書き分けるのは『メメント』でもノーラン監督はやっていたし比較的そこの判断は付きやすかったのでは。
またトルーマン大統領を演じたゲイリー・オールドマンは流石としか言えない。「世界が糾弾するのはこの私だ。泣き虫め。」的なことをオッペンハイマーに言い放つのは単に彼を悲劇の殉教者として祭り上げないという作り手側の覚悟があり良かった。最後にオッペンハイマーに勲章が授与されるシーンでも「お前のためではなく周りが納得するためにだ」という徹底ぶり。彼は歴史上重要な人物ではあるが、手放しに偉大と言える訳ではないという難しい位置付けを上手く落とし込めていたのではないだろうか。

・お気入りシーケンス
個人的には圧倒されたシーケンスが2つ。
ひとつはもちろんトリニティ実験のシーケンスだ。『NOPE』しかり、ホイテ・ヴァン・ホイテマにIMAXカメラを握らせて荒野を取らせればそれだけで映画になってしまう。
そしてルドウィグ・ゴランソンの音楽も流石。このふたつの要素が巧みに絡み合い、これまで味わったことの無い臨場感が溢れる映像体験を作り上げていた。本当に自分がロスアラモスにいるかのような錯覚をし、原爆を保有するという新時代に突入してしまうのかという恐怖と不謹慎ながらもそれを目撃したいというスペクタクル精神(ノーラン監督はそれがお嫌いなようだが)から思わず笑ってしまった。
そして2つ目はオッペンハイマーが原爆投下後にスピーチを行うところだ。それまでも何度も組み込まれる恐怖を煽るサウンドの正体がここで明かされる。それは賞賛を送る客の足踏みだったのだ。いやーー驚いた。賞賛の音を恐怖の音にするとは。その後のキリアン・マーフィーの顔だけにピントがあって背景のみが小刻みに揺れるシーンも撮影が見事。また議論に上がるここでの被爆者をオッペンハイマーが想像し炭化した遺体を踏んでしまうシーンだが、個人的にはオッペンハイマーの想定がその程度の甘いものだったという解釈を支持したい。その後のスライドで目を背けるシーンがあることからもそうではないだろうか。また、これが漂白されたものだったり、甘いものだったと言うならば自国の『ゴジラ-1.0』はどうだったのか。あれこそまさに漂白された戦後・災害では、と感じてしまう。

長々と書いてしまったが、何より日本での公開を実現してくださったビターズエンドに感謝したい。
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