工藤蘭丸

イニシェリン島の精霊の工藤蘭丸のネタバレレビュー・内容・結末

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

ゴールデングローブ賞では、ミュージカル・コメディ部門で作品賞と男優賞を受賞したようだけど、コメディと呼ぶには抵抗があるような作品でしたかね。たしかに深読みすれば、人間社会を諷刺したブラックコメディと取れないこともないんだけど、個人的にはもう少しリアルに受け止めていて、少なくとも観ている間は全然笑えませんでしたね。

私は今ブレンダン・グリーソンに近い65才だけど、このまま無駄な時間を過ごして、ただ老いて行くのが怖いという気持ちはすごく良く分かりますね。実際、私も3~4年前に何か始めたいと思い、大学に入って医学でも勉強しようかと思って、受験勉強なども始めたりしていたものでした。ところが、定年になって暇になった高校時代の友人がちょくちょく遊びに来るようになって、将棋を指したり飲みやカラオケに誘われたり、なかなか勉強どころではなくなってしまった。会ってしゃべることといえば、いつも同じような昔話の繰り返しだったり、どうでも良いような時事ネタだったり。将棋の実力も昔は結構良い勝負だったんだけど、今は私の方が圧倒的に強くなって勝負にならないし、私にとっては、はっきり言って時間の無駄でしかありませんでした。(^^;

でも、本作のブレンダン・グリーソンのように毅然とした態度を取れれば良かったんだけど、なかなかそうは行かないのが人づきあい。もしかしたら、この監督もそんな気持ちがあって、作品の中に思いっきり本音をぶち込んだのかも知れない、とも思ってしまいました。

1923年のアイルランドの内戦については、あまり良く知らなかったけど、私が中学生ぐらいだった1970年代にはかなり活発な紛争があって、ポール・マッカートニーやジョン・レノンなども、それをテーマにした歌を歌っていたものでしたね。そんな半世紀以上も断続的に続いたような内戦を、本作の2人の諍いになぞらえたと言えないこともないのかな。

なお、精霊というのは原題だとbansheeになっているので、これはただの精霊ではなく、アイルランド民話で死を予告する女の精霊のことですね。どうやらマコーミック夫人がその象徴だったようだけど、それにどんな意味があったのかはよく分かりませんでした。それだけ奥の深そうな作品で、近年のレベルからすると、早くも今年のベストワン候補かなという感じもしています。

一応、不満な点も挙げるとすると、風光明媚な地でロケを行っているわりには、映像の美しさは物足りなかったかな。技術的なことはあまり良く分からないけど、カメラがデジタルになってから、なかなかアナログ時代のような映像美を備えた作品に巡り会えないのが残念なところです。それから、ロバが指を食べて死ぬ件は、ちょっと強引すぎるシークエンスだったかなと思いました。