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イニシェリン島の精霊のsomaddesignのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
5.0
1923年、アイルランドの小さな島・イニシェリン島。ある日パードリックは、長年の友人であるコルムから絶縁を言い渡されてしまう。理由もわからないまま、事態の解決を試みるのだがコルムは頑なに彼を拒絶。ついには、これ以上関わるなら自身の指を切り落とすと宣言するのだった。

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見終わってどんな気分になればいいのか。
前作「スリー・ビルボード」から引き続いて、いたたまれな面白い。起きてることは惨劇に近いのに、どこか間抜けでうっかり笑ってしまいそうな瞬間と、目を背けたくなるほど残酷な瞬間が同じ線上で描かれる滑稽さ。神の視点で「人間ってマジ間抜けw」って俯瞰されてる気分。

なにがキッカケで始まった争いか、何のための争いか…そのものの意味すら失われていくが、戦いは続く。

原題「The Banshees of Inisherin」Banshee とはアイルランドやスコットランドに伝わる人の死を予告する妖精。死神みたいな死そのものの暗示だし、世界から隔絶され、取り残された島の断絶や違和感・絶望のメタファーに思えた。

コリン・ファレルは「ロブスター」以降、困り顔がよく似合う俳優として一定の地位を確立した感ある。今作でもただでさえハの字な眉を黒々太々と強調してて和む。困り顔が眉毛犬っぽくて可愛い。パードリックのバカさ加減には呆れるばかりだけど、この困り顔のせいで嫌いになれない。亡くなった両親や妹シボーンがついつい面倒みちゃうのも、きっとこの困り顔のせい。(転じてパードリックが平穏で快適な日常を送れてたのは、コルムやシボーンの犠牲があったかと思うと、彼のバカっぷりは許し難いものがある)

ブレンダン・グリーソン演じるコルムは、表情も変化に乏しく、心のうちを明かさない人なので何考えてるか分からない。かわりに彼の家のインテリアや音楽の趣味から文化的素養の高さが伺える…と同時にいつか来る自身の終わりに焦る中年クライシスと「自分はきっと特別」って遅れてきた厨二病をこじらせてる。客観視するとなかなかに痛々しいけど、その後の凶行がマジでイカれてて遅れてきた思春期のヤバさに慄く。中年の思春期ってホント厄介。

バリー・コーガン改めバリー・キオガンの繊細な演技。一見、アホで欲求に振り回される若者だけど、繊細で正邪の線引きが自分の中にハッキリある誠実な人物にも見える。出番もセリフも少ないけど、今作を彩る最重要人物でMVP。

シボーンを見送る崖の上、パードリックの向こうに見える人影は一体なんあのか? コルムか、怪しげな老婆マコーミック夫人か失意のドミニクか?はたまた単に岩か何かが人影に見えてるだけなのか?(うっかりスタッフが映り込んでる説すらある)

終始曇天模様で、どんよりと陰鬱な空気が漂う世界で、痛快さとは真逆のドヨドヨした暗い笑い。ブラックコメディとすら呼べない、笑うしかない人間の滑稽さを滲み出すのはマーティン・マクドナー監督の作風なのかも。心の健康状態が悪い時にはオススメできないタイプの傑作。

余談)
主要キャストが軒並みアカデミー賞にノミネートされた今作(主演男優:コリン・ファレル 助演男優:ブレンダン・グリーソン、バリー・キオガン 助演女優:ケリー・コンドン)。名演といえばロバと犬の演技も出色の出来だったので「助演アニマル賞」とかあげて欲しい

10本目
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