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イニシェリン島の精霊のRenのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.0
【バンシー/banshee】アイルランド及びスコットランドに伝わる精霊。叫び声を上げ、人の死を予告する。バンシーの叫びが聞こえた家では近いうちに死者が出るとされるが、その死者は勇敢な人物か聖なる人物であった証だと言う。
(Wikipediaより)

友人とDisney+で初鑑賞。自分の中で、鑑賞直後から時間をかけてじわじわ評価が上がっていく映画なのは間違いない。監督自身があらゆる解釈ができる的なことを言っていたし事実あまりに多面的な見方ができるので好き勝手書く。

「アイルランドの架空の島・イニシェリン島にて成人男性2人の原因不明の仲違い」、本当にそれだけで109分駆け(歩き)抜けるとんでもない映画だ。
前作『スリー・ビルボード』に見られた分かりやすいイヤさや俗っぽさはほぼ脱臭された。エンタメ的な見応えは正直言って後退したし、中後半までの牛歩の如し堂々巡りなストーリーには退屈もしかけるけど、観終わってからも今作のことが離れない。

撮影がいい。ロケ地がいい。美しいけど殺伐としている。現代的な文明は無いけど信仰はどっぷりとある。怖くもある。絶対この島ってあったんだろうなーと知らずの内に騙されている。

「お前の話はつまらん、構ってる時間は無い、絶好だ」と言った/言われたことについて、素直に友情の決裂と取る以外の解釈は評論家などのレビューを読むにほぼ①内戦のメタファー②知能差・発達障がいの話③同性愛、の3つで固定されたように見受けられる。①は分かるが②③について真正面から受け取れなかった自分の見方は以下の通り。

何者かになりたい人間と何者にならなくても今を生きたい人間、両極端の狂気の摩擦の話。
後世に遺る音楽を作るのだと謳うコルム(ブレンダン・グリーソン)と、俺は思い出のほうが大事だと言うパードリック(コリン・ファレル)。笑ってしまうような平行線だ。
芸術のための自己犠牲を選択する(今作で最も映像的にセンシティブなアレをする)方も、諦めきれなくて執拗に付き纏い自己完結しようとする(やめときなと何度諭されようと突撃して自分の感情を捲し立てないと気が済まない)方もどちらも異常に見える。ただしこれは表裏一体で、どちらか一方に感情移入すれば異常なのは相手で自分は自分の哲学に忠実なだけだと同質量で思える作りなのが上手い。今作が多面的解釈の余地のある作品である所以はここにある。
因みに自分は彼ら2人をシボーン(ケリー・コンドン)の立場から見る見方をした。

閉鎖コミュニティの外に目を向ける者と内に潜る者の摩擦の話。
本土の内戦を他人事として冷めた目で傍観する人間、かつそこにいる動物たちや身近な知り合いと親族に支えられ生きる優しくもつまらん人間。動物と触れ合うとは優しさであり外界(≒人)を拒むことだ。
対し、こんな島にはいられないと決めた人間や、島で生きる今より音楽の遺る未来を見据える人間。
パードリックに繰り返し訪れる物理的な断絶は、彼を「優しくてつまらない人間」から「優しくなくて大真面目な人間」へ変貌させる。

前述した内戦のメタファーの件については他の識者の見解に敵うはずないので割愛。内戦は途切れながらも続くのです、ということだろう。

急に友達にこんなこと言われたらヤダわーでも友達と縁を切るときってわりとこれくらいドライな理由のことが多いよねーみたいな話を友人としたら彼が「しんどい、もしお前はつまらんとこの歳で言われたら立ち直れる気がしない」と言っていてハッとした。
今作はつまるところ「小学生みたいな痴話喧嘩しょうもねー笑」と「人生半分過ぎで人を全否定する/される攻撃力と絶望感」がない混ぜになった何重にもパンチの効いた映画だと思う。自分はこう解釈したけどあなたはどう思う?の会話で飲み会一回は潰せる、そんな映画。

その他、
○ バリー・コーガンの話通じなそうなヤバめの演技やはり良い。こんな役ばっかりやってる。
○ 特定の舞台に感情移入させない語り口は流石。誰を自分のプレイキャラにするかで4度くらいは楽しめそう。
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